(3)


独り東京で暮らし始めた夏子は、様々な職を転々とした後、
古着屋のアルバイト店員として働き始め、その仕事に落ち
着いた。
生活が順調に回り始めた頃、高校を卒業した春子が上京し
て、夏子の部屋に転がり込んだ。それから約二年間、二人
の共同生活が続いた。この時期が夏子の人生の中で、最も
のどかな季節だった。
春子は度々帰省した。その度夏子を誘ったが、夏子は頑な
に拒んだ。
やがて春子に恋人が出来た。その恋人が実家のある大阪に
帰ると、春子は後を追うように大阪に移り住み、そこで結
婚して桜を産んだ。
その後も二人は、度々お互いを訪問し合う、良好な関係だ
った。長女の秋子も、何度か東京と大阪を訪れ、妹たちの
生活を気に掛けてくれていた。

再び独りになった夏子は、古着屋のアルバイトから社員に
登用され、やがてその仕事振りが認められて店を一軒任さ
れるようになった。

夏子の心の中の生きることへの後ろめたさは、依然として
そこにあった。
今までに恋人は二人あったが、いずれも長続きはしなかっ
た。心の何処かでまだ、父の影を引きずっていたのかもし
れない。どうしても人に心を開くことが出来なかった。

夏子は姉妹の中で一人だけ独身で子供がいなかった。
秋子も春子も、ちょうど二十歳の時に子供を産んだ。雪枝
が一番上の秋子を産んだのも二十歳だった。三人には子供
がいるのに、自分だけ子供がいない、そのことも彼女を苦
しめる一因になっていた。
桜のことも、幼い頃の楓のことも、夏子はおばとして溺愛
していた。それだけになおさら、その苦しみは大きかった。

子供を産まない自分に、何の価値があるんだろう?母親に
なれない女に、何の価値があるんだろう?
夏子の胸の底には、いつもその思いが沈んでいた。

こうして何年か、三人の姉妹がそれぞれに生活を持ち、そ
れぞれに生きて、表面上は波風の立たない静かな日々が続
いていた。

そんなある日、秋子が病に倒れたのである。






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