第十章 対峙

(1)


物語を読み終えると、サトルは途端に堪えきれなくなって、
声を上げて笑い出した。
それから後ろを振り向いて、笑いを押し留めるようにして
言った。
「これは、あんたの企みなのか?」

彼の背後のベッドの上には、あの老人が座っていた。

「こんなもので、俺の心を動かせるとでも思ったのかい?
おあいにく様、少々考えが甘かったね!」
サトルは、嘲る様な笑みを浮かべて、老人にそう言った。
老人は、穏やかに微笑んでいた。

「わしは何も企んじゃいないよ。その本を読んだのは、君
の意思じゃないか。」
「ふん、まあいいさ。」
サトルは肩越しに老人を睨み付け、見下す様に意地悪く笑
った。
それから少し間を開けて、彼は再び話し始めた。

「あんたが俺に付きまとう理由が、だんだん解ってきたよ。
あんたは、俺の想像の産物だから、俺に死なれちゃ困るん
だろ?俺が死ねば、あんたもいなくなるからな。」
「君は死にたいのか?」
「さあ、どうかな‥‥いや、ご心配なく。俺はまだ、死の
うなんて思っちゃいないよ。」
「でも、生きていたいとも思っていないんだろう?」
サトルは、この問いかけには何も答えなかった。
再び二人は黙り込み、そのまましばらく時間が過ぎた。

「死を意識するのは、悪い事じゃない。」
老人がまた、不意に話し始めた。
「人間は、死の恐怖が目の前に迫った時、持てる力の全て
を尽くして、それを払い除けようとする。
それは言い換えれば、生きようとする力だ。
人間の生きる力が、最も強く発揮されるのは、人間が死に
瀕した時だよ。」

「そんなのは、ただの理屈だ。」
老人の言葉を遮って、サトルが口を挟んだ。
「だいいち、俺は死を意識なんてしていない。
俺は生きる事にも、死ぬ事にも関心がないんだ。」
「でも君は、苦しんでるじゃないか。本当は君は、心の底
では、生や死に関心を持ちたいと願っているんだ。」
サトルは、またも答えを拒んだ。
彼は何か、他の事を考えている様だった。

「あの子の事を考えているね?」
老人にそう言われて、サトルはぎくりとした。
「もう一度、会って来たらどうだい?何故そう、あの子を
拒むんだ?」
「馬鹿馬鹿しい!会ってどうするんだ?」
「話すんだよ。」
「話す?何を?」
「何もかもさ。」

サトルは老人の顔を、探るように見つめた。
老人はただ、微笑んでいた。





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