(2)


「この前、電車の中で君に見られた時、俺は隣の街から帰
るところだったんだ。」
長い沈黙の後、再びサトルが話し始めた。
「あの街には色んな思い出が、沢山あってね‥‥
昔、恋人があの街に住んでいたんだ。だから、よくその人
に会いに行って、二人で街を歩いたものさ。」

恋人の話になると、ミユはようやく安心して、穏やかな表
情になった。
「どんな人だったの?」
「そう‥‥名前はチエというんだ。俺より三つ年下で‥‥
君と同じぐらいかな?明るくて、優しい子だった。
そんなに美人じゃなかったけど。」
話しながら、サトルの表情が少し和らいだので、ミユも嬉
しくなった。

「今はもう、会ってないの?」
「うん、今はもう‥‥会ってない‥‥」
何気ないミユの問いかけに、急にサトルの口が重くなり、
顔からも笑いが消えた。

「ごめんなさい、変な事聞いちゃって‥‥」
気まずい雰囲気に困惑して、ミユがそう言ったが、サトル
は何も答えなかった。
彼は再び、黙り込んでしまったが、明らかに緊張し始めて
いる様子だった。
何か話したい事があるのだが、なかなかそれを切り出せず
にいるという感じで、うつ向き、体を強張らせていた。

「二年前‥‥」
遂に覚悟を決めた様に、サトルが口を開いた。
「二年前、あの子は‥‥チエは‥‥死んだんだ‥‥」
その声は震え、両肩もがたがたと、小刻みに揺れ出した。
尚も彼は、必死に絞り出すように、言葉を続けた。

「‥‥俺が‥‥俺が殺したんだ‥‥」

「え?」
ミユは驚いて、かすれて聞き取れないほど小さな声で叫ん
だ。





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