(3)


「募金だの、署名だの、デモだの、何で世間の奴らは、あ
んな下らない事に夢中になるんだ?俺にはその気が知れな
いね。」
突然部屋を訪れた老人の、穏やかにではあるが非難する様
な、哀れむ様な眼差しに、堪えきれなくなったサトルは、
やや感情を高ぶらせてしゃべり出した。

「第一、あんなのはエゴの押し付けじゃないか!
ある意味暴力だよ!
大勢で徒党を組んで待ち構えて、道行く人を捕まえて、数
と勢いで圧倒して、無理矢理賛同を迫って来る。
それを拒めば、嫌でも罪悪感を持たされる様にね。
奴らは自分たちの考えが、世界で一番正しいと信じて疑わ
ないのさ。何があろうと!」

老人は相変わらず、黙って彼の話を聞いていた。
その様子が、更にサトルを苛立たせた。
「あんなの馬鹿げてるよ。他の意見には耳も貸さないで、
自分たちのエゴを人に押し付けてるだけじゃないか!
あいつらには解ってるのかね?
自分たちのやっている事が暴力だって事を!」

サトルは急に、こうして自分が興奮気味に、大声を出して
いる事に冷めてきた。
「俺はただ、ほんのささやかな抵抗をしただけさ‥‥」
それきり彼は、口をつぐんでしまった。
再び、長い沈黙がやって来た。

サトルは老人に背を向け、机に向かい、両肘をその上に乗
せて、深い溜め息を突いた。
「一体あんたは何の為に、ここにやって来るんだ?」
「君が呼ぶから来るのさ。」
「俺が呼ぶだって?」
サトルはふっと薄笑いを浮かべた。
「俺が何の為に、あんたを呼ぶっていうんだい?」
「そんな事は、解ってる筈だよ。」
「解らないね。俺の心は空っぽさ。何もありゃあしない。
あんたを呼ぶ理由もね。」
「じゃあ何故、わしはここにいるんだい?君は何故、わし
を呼んだんだ?」
「呼びやしない。あんたが勝手に来たんだろ!」

またしても、重苦しい沈黙が訪れた。
部屋は静かで、微かに窓の外から、車の走り過ぎる音が、
時折聞こえてくるばかりだった。

「俺も、あの連中と一緒だ‥‥」
老人に背を向けたまま、サトルが独り言の様に呟き始めた。
「俺も、自分のエゴしか信じちゃいないんだ。
あいつらの事が許せないのも、俺のエゴのせいだ。
世間に愛想を尽かして、心が空っぽになったのも、全部俺
のエゴのせいなんだ‥‥」
「君の心は、まだ空っぽになっちゃいない。」
「じゃあ、何があるって言うんだ?」
「それは前にも話しただろう。」
「<希望>かい?」
サトルは、思わず声を上げて笑った。
「よしてくれ。あんたの言う事はいつも甘っちょろいよ。
何かにつけて希望、希望って、そればかりじゃないか!」
「希望はないより、あった方がいいだろう?」
「でも、無理矢理作るものじゃない。」
「君は無理矢理、希望を拒んでるんだ。」
サトルはもう、笑うのをやめていた。
「もうよそう。またいつもの堂々巡りだ。」

と、その時、誰かが玄関の扉を叩く音がした。
サトルはゆっくり立ち上がり、部屋を出て玄関へと歩いて
行った。
扉を開けると、彼の友人の目黒が、そこに立っていた。





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