「復讐」



つまらぬ人生を送る男がいた。
彼はこんな人生を自分にあてがった、この世界を憎んでいた。

彼は人を殺したいと思った。
それがこの世界に対する、最も効果的な復讐に思えたからだ。

彼は試しに想像の中で、人をひとり殺してみた。
だがそれではまだ、彼の心は満たされなかった。
この世界への復讐を果たすには、ひとり殺したぐらいでは、全く足
りないと思った。

そこで彼は想像の中で、もうひとり殺してみた。
それでもやはりまだ、満足出来なかった。

それから彼は、想像の中で殺す人の数を、二人、三人、十人、百人
と、どんどん増やしていったが、結果は同じだった。

(この世界に完全に復讐を果たすには、この世の全ての人間を殺す
しかないのだ。だがそんな事、出来る訳がない。)

そう思ってすっかり失望していると、突然ある考えがひらめいた。

(そうだ、全ての人間を殺せないのなら、俺が死ねばいいじゃない
か。永遠に奴らと決別するという意味においては、奴らをここから
追い出すのも、俺ひとりがここから出て行くのも、結果的には同じ
事だ。)

彼はこの素晴らしい思いつきに歓喜して、さっそく自殺の準備に取
り掛かった。

そして、いざ自殺を実行しようとした瞬間、唐突にある、とても重
大な事実が彼の頭をよぎった。

(待てよ、俺が死んだところで何になるんだ? 確かにこの世界と
決別は出来るかもしれないが、ただそれだけの事だ。俺が死んだ後
もこの世界は、何も変わらずここに存在したままだ。それでは何の
意味もない。復讐を果たした事にはならないじゃないか!)

彼は愕然として、自殺を思い止まった。

そしてそれ以降、二度と人を殺す想像をする事はなかった。






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