「王」



俺は王だ。俺の知る限り、俺の前にひれ伏さない者はいない。皆が
俺を「王」と呼び、俺を讃え、俺に奉仕する。
広い快適な家、最高級の酒と料理、そして美しい女たち、何も言わ
なくともそれらのものが、絶える間もなく次々と目の前に差し出さ
れる。何もかもが天国の様な毎日だ。

いつ、どの様にして、俺が王になったのか、それは俺にも解らない。
物心ついた頃から、俺は既にこの暮らしをしていたのだ。

(どうして皆、俺にひれ伏し、仕えるのだろう?)

かつてはそんな疑問が、頭に浮かんだ事もあったが、今では気にも
止めなくなった。
理由はどうあれ、今、俺が王である事は、厳然たる事実なのだ。
それ以上、何を望む事があろう?

もはや俺は、死ぬ事さえも恐れていない。何故なら俺は自分の生涯
に、完全に満足しているからだ。

(素晴らしい人生だった。)
この先いつ死んだとしても、俺は胸を張ってそう言える。
その時、俺は笑いながらこの人生に、この世界に別れを告げる事だ
ろう。

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「どうだい、この肉を見てみろよ!」

ある大富豪の家の厨房で、二人のコックが料理をしながら話してい
る。
「さすがは最高級の牛肉だな。」
「まったくだ。何でもこの牛は、恐ろしく贅沢な育て方をされたら
しいからな。農場では皆、こいつの事を“王様”と呼んで、大事に
していたそうだ。」
「なるほど。それでこんなに旨い、いい肉になったって訳か。だけ
どそんならこいつも、本当に自分が“王様”だって信じ込んだまま、
死んじまったんじゃないかな?」
「それでもいいじゃないか。王様だろうと家畜だろうと、こいつの
人生に変わりはないんだ。」
「ちがいねえ。そう考えると王様も家畜も、似た様なものかもしれ
ないな。」

二人は笑いながら、牛の肉を切り刻んだ。






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