(2)


「あの子なら君を、助けられるかもしれない‥‥」
「助けるだって?冗談じゃない!」
突然、サトルは老人の言葉に噛みついて、大声で叫んだ。

「俺はそんな事、望んじゃいないし、人助けなんて、これ
っぽっちも信じちゃいないんだ!そんなものは、ただの自
己満足だ!」
彼は怒りを爆発させ、なおもまくし立てた。

「人助けなんて所詮、人の目に見える部分に限られての事
なんだ。
目の不自由な人がいれば、手を引いて信号を渡って貰える
し、耳の不自由な人は、手話で話し掛けて貰える。
足の不自由な人は、車椅子を押して貰える。
でも、心の不自由な人は、誰にも助けて貰えない。
不自由が、人の目には見えないからだよ。
それで人は、目に見えない不自由に対しては、恐ろしく冷
酷になる。
やれ自助努力だの、自己責任だのと、都合のいい理屈をつ
けて、突き放すのさ。
<人に頼るな、自分で何とかしろ。>ってね。
何故だか解るかい?
どんな人助けも、結局のところ、自分の為だからさ!

他人の不幸が目に入るのは、誰だって気分のいいものじゃ
ない。彼らに対して罪悪感や、後ろめたさを憶えるからね。
だから人は、自分の目に映る他人の不幸には、敏感に反応
して、援助の手を差し延べるのさ。
罪悪感や後ろめたさを、取り除く為にね。
でも、自分の目に映らなければ、例えその人がどんなに苦
しんでいようと、屁でもない。
自分には、何の弊害もないからさ。
これが、世の人助けの正体なんだ!」

ここまで一気に、思いのたけを吐き出すと、にわかにサト
ルは興奮から覚め、落ち着きを取り戻した。
「まあ‥‥下らない事さ。こんなのはみんな‥‥」
最後にそう呟いて、彼は口をつぐんだ。
そして、先程までの興奮が嘘の様に、沈み込んでしまった。

「そうやって君は‥‥」
今度は、今まで黙って話を聞いていた老人が、口を開いた。
「そうやって君は、人の非難をしながら、その実、自分を
責めているんだね。
自分を縛り上げ、閉じ込めているんだね。
人は誰でも、自分の為に生きている。
いいじゃないか、それでも!
君も、自分の為に生きればいい。
人が何を言おうが、何をしようが、そんな事は放っておけ!
君の知った事じゃない!」

聞いているのか、いないのか、サトルは老人に背を向け、
机に向かってじっとうつ向いていた。

「行きなさい、あの子の所へ。」
それでも構わず、老人は彼に話し掛けた。
「ただ、話をするだけじゃないか。何を尻込みする必要が
あるんだ?言いたい事は何もかも、彼女に言ってしまいな
さい。」

「結局あんたも‥‥」
不意にサトルが、声を絞り出すようにして呟いた。
「あんたも、目黒と変わらない。」

彼は急に立ち上がると、コートを掴んで、そのまま老人を
残して、部屋から出て行ってしまった。





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