第十一章 告白

(1)


サトルの顔を見た時、ミユの顔に一瞬、喜びの色が浮かん
だが、生気のない彼の顔と、雪まみれの姿を見て、その表
情は、すぐに驚きに変わった。
「どうしたの?ずぶ濡れじゃない!」

サトルは、彼女の問いかけには答えず、さっさと個室の中
へ入って行き、びしょ濡れのコートを彼女に渡すと、ベッ
ドに腰を下ろした。
ミユはコートを、タオルで軽く拭いてからハンガーに掛け、
彼のすぐ横に座った。

「何か飲む?コーヒーでも‥‥」
「いや、大丈夫だ。ここは暖かいから。」
サトルは、ミユから渡されたタオルで、濡れた髪をごしご
しと拭いた。

「来てくれて、嬉しいわ。」
ミユが小さな声で、そう言った。
心なしか彼女は、以前来た時よりも、少しやつれた様に見
え、目の下には、薄っすらと隈が出来ていた。

「どうしたんだい?随分疲れているみたいだけど。」
「別に。大した事ないわ。」
ミユは、落ち着きなく笑って、そう答えた。

それからしばらくの間、二人は黙って、じっと座っていた。
サトルは何か、話す事を懸命に探している様子で、ミユ
はそれを、辛抱強く待っていた。

「今日一日‥‥」
ようやく頭の中で何かを見つけて、サトルは話し始めた。
「俺はベンチに座って、この街を眺めていたんだ。
するとコンビニの前に、小犬を連れた女の人がやって来て、
自転車が何台か置いてある、そのすぐ横の手すりにリード
を結び付けて、小犬をそこに置いて店の中へ入って行った。
二三十分すると、その人は買い物を済ませ、店から出て来
て、小犬を連れて帰って行ったよ。
ねえ君、君はどう思う?」

不意に質問をされて、ミユは戸惑った様子で答えられずに
いた。
サトルは先を続けた。

「俺には理解出来ないよ、どうしてそんな事が出来るのか。
だってそうだろ?店の中で買い物をしている間、置いてき
た小犬の事が心配にならないんだろうか?
誰かが悪戯するかもしれないし、連れて行ってしまうかも
しれない。自転車が倒れてきて、下敷きになるかもしれな
いじゃないか。
そういう奴らに限って、普段(ペットは大事な家族)だな
んて言ってるんだ。よく言うぜ!
自分の本当の子供だったら、あんな所に置き去りにはしな
い筈じゃないか!」

話しながらサトルは、だんだん興奮してきた様子で、更に
続けた。
「介助犬にしたってそうさ。あの犬たちを、何処から連れ
て来て訓練するか、知ってるかい?
保健所で殺処分されるのを待っている、捨て犬たちの中か
ら選別されるのさ。
じゃあ、捨て犬がいなくなったらどうなる?
世間の人たちは(ペットを捨てるなんて、とんでもない話
だ。許せない。)なんて、善人ぶって言うけど、誰も犬を
捨てなくなったら、介助犬も足りなくなってしまうじゃな
いか!
そうなったら今度は(皆さん、介助犬が不足して困ってま
す。もっと犬を捨てましょう。)とでも言い出すつもりな
のか?
そもそも犬が、人間の介助をすること自体、本当はおかし
な事なんだ。人間の面倒は、人間が見るべきだよ。
それが嫌だから、人の面倒より、自分の生活が大事だから、
犬にその肩代わりをさせているのさ。犬にしてみりゃ、い
い迷惑だろうよ!」

ここまで一気に話すと、急に興奮が冷めてきて、サトルは
少し落ち着きを取り戻して来た。
彼の勢いに圧倒されて、おろおろしながら聞いているミユ
の様子を見て、彼は自分を嘲る様に笑った。

「こんな事、君に言っても仕方ないがね。」
そしてまた、口をつぐんでしまった。
こんな皮肉を重ねれば重ねる程、彼は自分の肩身が狭くな
る様な苦しさを憶えていた。





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