第十五章 消えゆく老人

(1)


サトルが自宅へ戻って来ると、玄関の前に人影があった。
それは、目黒だった。

「何処へ行ってたんだ?」
目黒は、サトルの姿に気づくと、探る様な目つきでそう尋
ねた。
サトルは黙って彼に近づき、玄関の鍵を開けながら言った。
「帰ってくれ。」

「急に来て悪かったが、気になったもんでね。
何度連絡しても、電話にも出なかったじゃないか。
今だってもう一時間も、ここで待ってたんだぞ!」
「とにかく、今日は帰ってくれ。忙しいんだ。」
「忙しい?こんな時間に?仕事もしてないのに、何がそん
なに忙しいんだ?それより、この間の話、真面目に考えて
くれたか?」

サトルが返事もせず、部屋の中へ入ろうとすると、目黒は
その肩を掴んで言った。
「おい、聞いてるのか!」

「いい加減にしてくれ!」
サトルはその手を、勢いよく払いのけ、怒りを爆発させて
叫んだ。
「俺にはちゃんと解ってるぞ!お前がここにやって来るの
は、俺のためなんかじゃない!自分のためだ!」
「何だと?」
目黒は目を剥いて驚き、サトルを見つめた。

「お前は心の中では、俺の心配なんかしちゃいない。
本当は俺の事なんか、どうだっていいのさ!
ただお前は、自分のエゴを満たすために、いい事をして、
いい気分になるために、俺にちょっかいを出すんだ!
俺に恩を着せておいて、それで悦に浸ってるんだろ!」

「き、きさま‥‥」
目黒の顔が真っ赤になり、全身がわなわなと震え出した。
サトルはそれを見て、にやりと笑った。
「どうやら、図星の様だな。本心を言い当てられて、随分
と慌ててるみたいじゃないか?みっともないぜ。」

「お前は‥‥お前って奴は!」
怒りに震えながら、目黒はサトルの両肩につかみ掛かると、
そのまま後ろの壁に、力任せに押し付けた。
「お前は‥‥一体何様のつもりなんだ?」

「施しでもしてる気でいるんだろうが、こっちはちっとも
有り難いなんて、思っちゃいないんだぜ。」
サトルは少しも表情を変えず、冷めた目つきで、相手の顔
を見ていた。

二人ともそのままの状態で、しばらく睨み合っていたが、
不意にサトルが目をそらして、再び口を開いた。
「もう来ないでくれ!俺に構うな!」

それを聞くと、目黒はサトルから手を放し、忌々しそうな
眼差しで見つめた。
「勝手にしろ!俺はもう知らん!」
吐き捨てる様にそう言うと、目黒はサトルに背を向け、二
三歩歩いて立ち去りかけて、不意にまた立ち止まり、首だ
けこちらを向けて、最後にこう呟いた。
「お前と俺と、どちらが正しいか、今に解るさ。」

そうして彼は、サトルの前から去って行った。





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