(4)


「こんな時間に押しかけて来てすまんな。呼び鈴を鳴らし
たんだが、応答がなくてね‥‥」
扉の向こうで目黒は、作り笑いを浮かべながら言った。
「ああ、壊れてるんだ。」

目黒は、サトルと同い年の青年で、背が高く、がっしりと
した体格で、スーツに黒のコートを着て、隙のない整った
身なりをしていた。
髪は短く、面長の顔に銀縁の眼鏡をかけ、その奥には鋭い
目が光っている。

「話し声が聞こえた様だが‥‥誰かいるのか?」
サトルの肩越しに部屋の中を覗き込みながら、彼は言った。
奥の部屋のドアが開いていて、中が見えたが、先程までベ
ッドの上に腰掛けていた老人の姿は、跡形もなく消えてい
た。
「誰もいないよ。あがるか?」
「いや、お構いなく。仕事帰りにちょっと寄っただけだか
ら。もう遅いし、ここでいいよ。」

サトルは、この友人と同じ会社で働いていたのだが、一年
程前に突然辞めてしまった。
それ以来、元同僚の身を案じて、この友人は時々、サトル
の様子を伺いに、訪ねて来るのだった。

「まだ仕事はしてないのか?」
目黒は、サトルの顔を覗き込みながら尋ねた。
「ああ。」
「金は大丈夫か?」
「ああ、まだある。」
「そうか‥‥」
目黒は何かを調べる様に、部屋の中をじろじろと眺め回し
ていた。
「今度、休日にでも、外でゆっくり会わないか?
飯でも食べながら、色々話したい事があるんだ。」
「ああ、別に構わないよ。」
自分を見つめる目黒の、真っ直ぐな視線に気後れして、サ
トルは目を伏せながら、そう答えた。
「そうか。じゃあまた改めて連絡するから、その時に日取
りを決めよう。何しろ俺も、忙しいもんでね。」
友人は満足そうに、口元に笑いを浮かべて言った。

「それじゃあ失礼するよ。邪魔したな。」
目黒はくるりと後ろを向いて、扉を開け外に出た。
サトルが扉を閉めようとすると、友人はまたこちらを向い
て、扉の隙間から話しかけてきた。
「こんな事言っちゃ悪いが‥‥あの事にはもうそろそろ、
区切りをつけたらどうなんだ?
辛いのは解るが‥‥このままじゃあ、どうしようもないだ
ろう?」
「ああ‥‥解ってるよ。」
サトルは、渇いた笑みを浮かべながら、扉を閉めた。

それから奥の部屋に戻ると、老人の消えたベッドの上に、
仰向けに身を投げ出した。
(ようやくまた終わる‥‥長い一日が‥‥)
彼はすっかり疲れ切って、目を閉じた。





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