第六章 心変わり

(1)


電車の中での事件の翌日、サトルは「A」の待合室の椅子
に座っていた。
昨晩、彼は激しい屈辱に苛まれ、一睡も出来なかったのだ
った。
彼の心はミユに対する、いわれのない憎しみで覆い尽くさ
れていた。
彼はどうしても、ミユに会いに来ずにはいられなかった。
彼は、復讐の為にやって来たのである。

やがて店員に呼ばれ、以前と同じ様に長い廊下を渡って、
奥の扉の前まで来ると、サトルの胸は異様に高鳴り、ぞく
ぞくする様な興奮に襲われた。

扉が開いて、暗がりの中にミユの姿が現れた。
ミユはサトルの顔を見ると、驚いた様に目を見開いた。
その瞬間、サトルの心に奇妙な喜びが湧き上がり、思わず
にやりと笑った。

二人は個室に入り、並んでベッドに腰を下ろした。
ミユは明らかに戸惑った様子で、一言も口を開かず、サト
ルの顔を見ようともしなかった。

「どうしたんだい?様子が変だぜ。」
サトルはにやにや笑いながら、意地悪くミユに話しかけた。
「この顔を見てくれよ。まったく酷い目にあったよ。」
彼はミユの顔に、自分の顔を近付けて言った。
電車の中で蹴られた時のあざや傷が、生々しく残っていて、
腫れもまだ引いていなかった。
ミユは怯えて、じっとうつ向いたままでいた。

「さあ、服を脱がせてくれないか。」
ますます喜びに浸りながら、サトルは立ち上がり、彼女を
真正面から見下ろした。
ミユは恐る恐る、サトルのズボンのベルトに手を掛け、ゆ
っくり外しにかかった。
「何をぐずぐずしてるんだ!早くしてくれよ!時間が勿体
ないじゃないか!」
サトルが冷たく言い放つと、ミユは慌てて動きを早めた。
どうにかベルトが外れると、今度はズボンを脱がしにかか
った。
「おい、ちゃんと客の顔を見ながらやってくれよ。愛想が
悪すぎるぜ!」
サトルが更に毒々しく文句を言うと、ミユはズボンに手を
掛けながら、ゆっくりと顔を上げた。

彼女の顔は悲しみに歪み、目にいっぱい涙を溜めて、口元
は小刻みに震えていた。

その顔を見た途端、サトルは、何かに打たれた様な衝撃を
受けた。
それまで心の中を支配していた、憎悪や復讐の興奮、快感
といったもの一切が、跡形もなく消えてなくなり、その代
り、狂おしいまでの罪の意識が広がっていった。

彼は、ミユの手を掴んで言った。
「いや、もういいよ。」
そして自分でベルトを締め直し、彼女の横に座ると、か細
い声で話し掛けた。
「俺が悪かったよ‥‥もう、そんな事しなくていい。」
ミユは驚いて、彼の顔を見つめていた。
サトルは、ばつが悪そうに笑った。
「昨日‥‥電車の中で、君に見られたのが恥ずかしくて、
‥‥それで、あんな酷い事を‥‥馬鹿な事を言ったんだ。
‥‥済まない。許してくれ。」

ミユは、青白い顔を赤くして、安心した様に、ほんの少し
だけ笑った。

(綺麗な目をしている‥‥)
サトルは、前に来た時と同じ印象を、彼女に抱いた。





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