「耳」



誕生日に
贈るものがないから と
少年は 口笛を吹いた

緑の風に 髪をゆだねた少女は
形のない贈り物に
懸命に 耳をかたむけた

真夏の光の 渦の中で
刻は とまっていた

功成り 名遂げた少年は
あの時の 耳の形を
今でも忘れない


‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥


これは、僕の父が書いた詩。
先日、実家に帰った時に、母が押し入れからスクラップを
引っ張り出して来て、昔新聞に掲載された、この詩を見せ
てくれた。新聞の日付は昭和55年(1980年)10月7日とな
っていた。父が50歳の時である。
父は若い頃、病気で生死の境をさ迷い、長く入院していた。
その後病気は治ったが、片方の肺を失い、細身で病弱にな
った。
入院していた時に、死の恐怖に抗うために、小説や歴史の
本を貪り読んでいたらしい。
退院すると父はサラリーマンになり、結婚して二人の子供
を作り、69歳で亡くなった。
もしかすると父は、物書きになりたかったのかもしれない。
僕の妻はこの詩を読んで、僕の書く詩に似ていると言って
くれた。そうかもしれないと思う。

                   (2025年6月2日)






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