「馬鹿なネズミ」



僕はあるオフィスビルで、清掃の仕事をしている。

地下2階から9階まで、11のフロアに入っているオフィスから出た
ゴミを回収し、建物の裏にあるゴミの保管倉庫まで運び、業者が引
き取りに来るまでの数日間、そこに保管しておく。
毎日大量に出るゴミは、可燃ゴミ、不燃ゴミ、プラスチック、紙、
ビン、カン、ペットボトルなどに細かく分類され、それぞれ業者が
引き取りに来る日もまちまちなので、倉庫は絶えず様々なゴミで一
杯の状態だ。

だから、倉庫の中にはネズミが棲みついていて、ゴミの山の中から
食べ物をあさり、ゴミ袋を食い破って、辺り一面に中身を散乱させ
る。
それがあまりにも酷くなって来たので、何とかしなければと思い、
倉庫内のあちこちにネズミ捕り用のかごを置いてみた。
はじめのうちは何匹かが、罠にかかってかごの中に入っていたが、
彼らも思いのほか頭がいいらしく、しばらくするともう、そんな罠
には見向きもしなくなってしまい、相変わらず好き放題にゴミを食
い散らかし続けていた。

僕はほとほと困ってしまい、会社の上司の主任に泣きついてみると、
それまで知らぬ顔を決め込んでいた上司もようやく重い腰を上げ、
倉庫に置く大型のポリバケツを大量に購入してくれた。
運び込んだゴミは、全てこのバケツの中に入れ、ふたを閉めて、ネ
ズミが入り込めない様にした。
この対策は功を奏し、それからはゴミの散乱はなくなり、ネズミの
姿も徐々に見かけなくなっていき、僕はようやく安心して毎日仕事
が出来る様になった。

そんなある日の事である。

いつも通り集めたゴミを運んで行くと、倉庫の片隅からゴソゴソと
いう、何やら聞き慣れない物音がした。

「何だろう?」
恐る恐るそちらの方を覗き込むと、そこには以前仕掛けていた、ネ
ズミ捕り用のかごが置いてあった。
用のなくなったかごの中にはもう、ネズミをおびき寄せる為の餌は
入っておらず、空っぽの状態でそのままそこに放置しておいたのだ
が、その中に何故か小さなネズミが一匹入り込んで、身動きが取れ
なくなり、じたばたともがいていた。

「変だな、餌もないのに何で今ごろ掛かったんだろう?」
僕は不思議に思いながら、それを主任に報告し、一緒に倉庫まで来
てもらった。
主任はかごを持ち上げ、中のネズミをじろじろと眺め回しながら、
嘲る様な笑みを浮かべた。

「馬鹿なネズミだ。きっと腹を空かせてうろちょろするうちに、訳
も解らずここにまぎれ込んだんだろう。」
主任は僕にかごを手渡し、ネズミの処分を命じて、さっさと倉庫を
出て行った。

ひとり倉庫に残された僕は、かごの中のネズミをじっと見つめた。
頭のいいネズミが、こんな子供だましの、しかも餌さえ仕掛けてい
ない罠に掛かる筈がない‥‥彼は何故、この中に入り込んでしまっ
たんだろう?
もしかしたら彼は、間違って入り込んだのではなく、自ら入ったの
ではないか?
食べるものがなくなり、飢えて絶望し、殺されると知っていながら、
敢えて自分から死のかごへ、足を踏み入れたのではないだろうか?

僕の頭にふと、そんな考えが浮かんだ。
もしそうならば、これはある意味、ネズミの自殺という事になるの
か?

僕は顔をかごに近づけ、ネズミの顔を覗き込んだ。
ネズミの目は無表情で何も語らず、ただ冷たかった。

それから僕はかごを置き、その中に毒入りの餌を入れて、倉庫を出
て行った。
数時間後、倉庫に戻ってみると、ネズミはかごの中でぐったりと横
たわり、目を閉じて動かなくなっていた。
僕はその体を取り出し、ビニール袋に何重にも包み込んで、ポリバ
ケツの中へ入れた。
一瞬、表の土の中へ埋めてやろうかとも考えたが、すぐに思い直し
た。
ゴミをあさって生きたものが、最期は自らゴミになっていく‥‥。

やはり彼には、この場所が相応しい。

                          (2014.1)






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