「議論」



われこそはこの世の支配者だ、というものたちが集まり、誰が正真
正銘の支配者かという議論が始まった。

まず最初に「悪口」がその口火を切って話し始めた。

「俺こそがこの世の支配者だ。世間の誰もがこの俺の事を愛してい
る。その証拠に、皆が俺を口にした時の、あの嬉しそうな顔といっ
たら! 人は人を蹴落とし、おとしめるのが大好きだからな。それ
には俺を口にするのが一番だ。だから俺こそ、この世で一番愛され
ているんだ。」

次に「自慢」がそれに続いてしゃべり出した。

「いやいや、俺の方が愛されている。世間は皆、自分が他人より上
に立ちたくて仕方がないのさ。それには俺が必要ってわけだ。俺を
使って人より優位に立って、上から見下ろして悦に入りたいのさ。
だから俺が一番さ。」

続いて「世辞」が話しに分け入ってきた。

「ちょっと待ってくれ。それより俺を使って人の機嫌を取る方が、
世間は好きな筈だぜ。持ち上げるだけ持ち上げといて、内心相手を
馬鹿にして舌を出してる。これほど楽しい事は他にない。人は皆、
俺に首ったけなのさ。」

すると今度は「嘘」が負けずに口を開いた。

「ちぇっ、何を言ってやがる。所詮、お前たちなんて大した事はな
い。俺様こそ一番だ。俺様を使えば何でも出来る。人をだまして裏
でほくそ笑む事も、世の中を混乱させて楽しむ事も、何だってやり
たい放題だ。こんな便利なものはない。だから俺こそ、この世の支
配者だ。」

こうして彼らは皆、自分が一番偉いのだ、自分こそがこの世界の支
配者なのだと主張し合い、他の誰の意見も聞こうとはせず、議論は
いつまでも延々と平行線を辿った。
そしてとうとう腹を立てて、お互いに罵倒し合いながら、物別れの
まま散り散りにその場を立ち去って行ってしまった。

結局、彼らは最後まで誰一人、気づかなかったのだ。
彼らがいなくなった後も「沈黙」が、ずっとその場にとどまってい
た事に。

                          (2014.1)






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