「遺書」



「私は人を殺してしまいました。

一昨日の夜、私は一人、××市××町の道を、車を走らせていまし
た。街灯が少なく、道が暗くて見えにくかったにも拘らず、少し速
度を上げて走っており、また注意力も散漫でした。
だから、道の真ん中に寝ている人の姿に気づくのが遅れたのです。
慌ててブレーキを踏みましたが、間に合わず、私はその人を轢いて
しまいました。

車が止まってしばらくの間、何も考える事が出来ず、呆然としてい
ましたが、遠くから別の車のヘッドライトが近づいて来るのが見え
ると、私は無意識にアクセルを踏み込み、その場から逃げ出してし
まいました。
その後の事は、よく覚えていません。気がつくともう、自分の家に
戻っていました。

それからテレビのニュースで、私が轢いてしまった人が亡くなった
事、目撃情報を元に、警察が捜査を始めた事を知りました。
この期に及んで、私はようやく事の重大さを思い知らされたのです。

出来る事なら、夢であって欲しい‥‥しかし、これは現実です。

私は卑怯者です。どうしても、自首する勇気がないのです。
私は弱い人間なので、裁判や、世間の目や、遺族の方々の怒り悲し
みには、とても耐えられそうもありません。

いずれにせよ、私はもう、おしまいです。
せめて自ら命を絶つことで、罪を償おうと思います。
(それで全てが許される筈もないのですが。)

亡くなった方と、その遺族の方々には、心からお詫び申し上げます。
取り返しのつかない事をしてしまいました。
どうか、どうか、お許し下さい。」

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥

この様に書かれた遺書を遺して、その男は自宅の部屋の中で、首を
吊って死んでいた。

それが発見される僅か数時間前に、警察はひき逃げ事件の捜査を打
ち切っていた。検死解剖の結果、被害者の死因は、心臓麻痺という
事が判明したからだ。
つまり被害者は、男の車に轢かれる前に発作を起こし、既に絶命し
て道に倒れていたのである。

この不運な男の自殺は、一時期世間で話題になったが、やがてすぐ
に飽きられ、忘れ去られていった。






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