「新・蜘蛛の糸」



カンダタが地獄で責め苦を受けていると、天上から一本の蜘蛛の糸
が垂れて来た。
それはこの極悪人が、生前にたったひとつだけ為した善行、一匹の
小さな蜘蛛を踏みつけにせず、命を助けた事に対して、神が差し延
べた憐れみの手であった。

カンダタは糸に飛びつくと、ありったけの力で上へ、上へとあがっ
ていった。
そしてその後からは、彼同様に地獄で責め苦を受けていた罪人たち
が、われ先にと次々に糸にすがりついていた。

もしもカンダタが、上からその様子を見下ろしていたなら、きっと
慌てふためき、憤慨してこう叫んだであろう。
「これは俺の蜘蛛の糸だ! 俺ひとりのものだ! 誰も昇って来る
んじゃない! 糸が切れてしまうじゃないか!」

だがこの男には、下を見下ろす余裕などなかった。
彼の目にはただ天上しか入らず、地獄を振り返ろうなどという考え
は、こればかりも起きなかったのだ。

長い長い時間をかけて、疲れ果て、途中何度も落ちそうになりなが
ら、遂にカンダタは天上に辿り着いた。

神は彼を祝福し、彼は泣きながら己の罪を心から悔いた。

喜びに満ちた神が、ふと下界を見下ろした途端、さっとその顔色が
変わった。
そこには蜘蛛の糸を伝って、続々と天上に向かい上がって来る、地
獄じゅうの罪人たちの姿があった。

(このままでは天上が、罪人でいっぱいになってしまう!)

慌てて神は、蜘蛛の糸を切り落とした。
罪人たちは、天上まであと一歩のところで、真っ逆さまに地獄へ落
ちていった。

落ちていきながら罪人たちは、今まで抱いた事がない程の、凄まじ
い憎悪で神を呪った。






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