「種」



僕は蜜柑が好物である。
毎日夕食後に、欠かさず蜜柑を食べる。ものぐさな僕の代
わりに、妻が皮を剥いて一房ずつに分けて、器に入れて出
してくれる。
蜜柑を食べると、毎回必ずどこかの房に種が一つだけ入っ
ている。毎回必ず決まって一つである。
初めのうちはそれが奇妙だったが、そのうちそれがだんだ
ん楽しみになってきた。

「ねえ君ほら、今日もまたあったよ。」
最近では種を見つけると嬉しくなって、ついつい妻にそう
告げる。
「あらそう?」
妻は台所で興味なさそうに、こちらを見もせず素っ気なく
そう答える。

ある日のことである。いつものように夕食後に蜜柑を食べ
ていると、種が一向に出てこない。とうとう最後まで一つ
も種がないまま食べ終わってしまった。
「ねえ君、今日は種が一つもなかったよ。」
ぼくは不満を訴えるように妻に言った。
「あらそう?」
妻はいつもと同じように素っ気なく答えた。

翌日、僕は何となく落ち着かない、決まりの悪い心持ちで
あった。蜜柑の種一つのせいで、何か不吉なことが起きる
のではと、内心びくびくしながら一日を過ごした。
そういう時は得てしてつきがないもので、電車を乗り過ご
して遅刻したり、仕事でミスを犯したり、道で躓いて転ん
だりと散々であった。

その夜、いつものように夕食を済ませると、蜜柑の入った
器を前にした。昨日の今日なので、僕は少しどきどきしな
がら蜜柑の房を口に入れ始めた。
何個か食べていると、口の中にかりっという歯応えがあっ
た。僕はおもむろにそれを掌に吐き出すと、思わず声を上
げた。
「あった!」
手の中に蜜柑の種が一つあった。僕はいつもより大きな声
で妻に呼び掛けた。
「君、今日はあったよ!」
「あらそう?」
妻の返事はいつも通りだった。
僕は今日一日の失態も忘れて、気分よく蜜柑を食べ続けた。
すると口の中に、再びかりっと歯応えを感じた。なんと二
つ目の種だ。
「君、またあったよ!今日二つ目だ!」
僕は掌を妻の方に掲げながら言った。
「あらそう?」
妻の反応は、判で押したように先程と一緒だったが、それ
でも僕は上機嫌でしゃべり続けた。
「蜜柑のやつめ、昨日の埋め合わせのつもりかな?でもお
陰ですっきりしたよ。今夜は気持ちよく寝られそうだ。」
妻はもう何も答えなかった。
そして僕は言葉通り、その夜ぐっすり眠れたのである。

さて、この話はこれで終わりだが、最後にこの蜜柑の種の
種明かしをしておこう。
実はこの不思議な現象の黒幕は、この男の妻なのだ。
始めのうちの何回かは、たまたま偶然に種の入った房が一
つ紛れ込んでいたのだが、それを夫があまりにも面白がる
ので、それから妻はわざわざ種入りの房を探して、毎日一
つずつ入れるようになった。それを喜ぶ夫の様子を何食わ
ぬ顔をして見ながら、内心しめしめとほくそ笑んでいたの
である。
ところが昨日は、うっかりそれを忘れてしまい、今日はそ
の分も合わせて二つ、種入りの房を入れておいたのだ。
という訳で毎日、この夫が気持ちよく眠れるのは、この良
妻のお陰なのだ。

誠に幸せな男である。






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