「夢」



子供の頃、鳥になるのが夢だった。
少し背が高くなって、現実というものをわきまえ始めると、
夢は宇宙飛行士に変わった。
更に成長し、妥協せざるを得ないことも次から次へと増え
ていき、夢も飛行機のパイロットに甘んじることにした。

さて、時は過ぎていつの間にか僕は大人である。どこでど
う間違ったのか、気がつくとごく平凡な勤め人になってい
た。会社では上司に叱られ、得意先を回ってはひたすら頭
を下げ、家では妻の愚痴を聞かされ、二人の子供は言うこ
とを聞かず、好き勝手に走り回っている。
腹が出てきて体力は衰え始め、髪は薄くなってきた。この
まま日々の生活に埋もれて歳をとっていくのかと思うと、
何か虚しい気持ちになる。

「ああ、我が幼き日の夢よ、お前は今いずこへ‥‥」

ある雨上がりの晴れた朝、いつものように会社に向かい歩
いていると、途中、大きな水溜まりが道を塞いでいた。そ
こを避けて通ることも、飛び越えることも出来そうになく、
道の向こうに渡るためには、靴を濡らして水の中を歩くし
かなかった。
「やれやれ、ついてないな‥‥」
僕は忌々しい気分で、水溜まりに足を踏み入れていった。
そして、道の半ばまで来たところで何気なく下を見た。

その時、思わず僕は足を止め、あっと息を呑んだ。

大小様々な綿雲を散りばめた真っ青な空が水に反射して、
足の下一面に広がっていたのだ。
その一瞬で何十年もの時間を遡り、子供の心に立ち返った
僕は、長い間、夢というものを履き違えていたことによう
やく気づいた。それは飛行機パイロットでも、宇宙飛行士
でも、鳥でさえもなかったのだ。

「ああ、我が夢よ、お前はこんなところにいたのか‥‥」

僕は夢のただなかに立っていた。
空の果てまでも落ちていけそうだった。






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