(2)


サトルが部屋に入ると、彼の帰りを待っていたかの様に、
ベッドの上に老人が座っていたが、その体は、まるで靄が
かかった様に、半透明にぼやけていた。
サトルは、そちらを見ようともせず、コートも脱がずに椅
子に座った。

「けりをつけるつもりだな?」
この老人の問いかけにも、彼は何も答えなかった。
まるで老人など、そこには存在していないとでもいう様に、
じっと身動きを取らずにいた。

老人は、更に何か喋ろうとしたが、言葉が見つからず、と
うとう最後には諦めて、深い溜め息をついた。

「どうやら何を言っても、無駄の様だな。」
相変わらずサトルは、老人を無視し続けていた。
もしかしたら、もう本当に、彼には老人の姿も見えず、声
も聞こえていなかったのかもしれない。

「もうわしなんかとは、話す気にもならんという訳か。」
老人はもう一度、溜め息をついた。
いつの間にかその体は、更に霞んで消えかかって来ている。

「残念だ‥‥何とか君を‥‥助けたかったんだが‥‥」
途切れ途切れの声で、最後にそう言って、老人は力なくう
つ向いた。
そうして遂に老人の姿は、完全に消えて無くなってしまっ
た。

その後もサトルは、同じ姿勢のまま、長い間じっと動かず
にいた。
この間、彼は心の中で、必死に最後の虚しい、絶望的な抵
抗を試みていたのかもしれない。
しかし、その長い孤独な戦いも、夜明けと共に終わりを告
げた。

朝になるのを待っていたかの様に、サトルはゆっくりと動
き出し、机の引出しを開け、中にあったものを、鷲掴みに
して取り出した。
それは、サバイバルナイフだった。

「いよいよだ。」
低い声でそう呟くと、彼は表情ひとつ変えず、ナイフを鞘
から抜き取って、剥き出しのままコートのポケットに押し
込んだ。
この時、それまで無表情だった彼の口元に突然、不気味な
笑みが浮かんだ。
その顔は、かつて彼の恋人を殺した、あの殺人者と瓜二つ
だった。

サトルは立ち上がり、鍵も掛けずに、まるで部屋をその場
に打ち捨てる様にして出て行った。





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