(2)


「ちょっと待てよ、あんた!」
若者は思わずかっとなって、構わず去って行こうとするサ
トルに向かって、怒鳴り声を上げ、後ろからその肩を掴ま
えた。
するとサトルは、勢いよく振り向いて、彼の手を乱暴に振
り払った。
「何だよ、その態度は!」
若者は更に逆上し、顔を真っ赤にして、今にもサトルに飛
びかかって行きそうな勢いだった。

それに気づいた彼の仲間が二三人、慌てて駆け寄って来て、
二人の間に分け入り、若者を押しなだめた。
サトルの方はその間もずっと、表情ひとつ変えずに、冷た
い目で彼らを見ていた。

仲間になだめられた若者は、ようやく落ち着きを取り戻し
たが、まだ不満が収まりきらない様子で、サトルに食って
かかった。
「あんたは一体、今の世の中について、真剣に考えた事が
あるのか?もっと世の中をよくしようとは思わないのか?
あんたの態度は、あまりにも不真面目じゃないか!
そりゃあ何をどう考えようと、あんたの勝手だが、今の態
度はあまりにも酷すぎる!
世の中には、あんたより不幸な人たちが、苦しい生活をし
ている人たちが沢山いるんだ!
それでもあんたは平気なのか?何とも思わないのか?
自分さえよければ、それでいいのか?
見たところあんたは、僕よりずっと大人なのに、そんな態
度でよくも恥ずかしくないもんだ!
もっと真面目に、色んな問題について考えてみたらどうな
んだ!」

そこまで一気にまくし立てると、若者は顔を真っ赤にした
まま黙り込んだ。
周りの仲間たちは、彼の体を押さえながら黙って聞いてい
たが、彼の演説が一段落すると、やや年配の男がサトルに
向かって頭を下げた。
「すみません。どうもこいつは血の気が多いもんで。でも
悪気はないんです。許してやって下さい。」
口では詫びているのだが、その目は明らかに不満そうだっ
た。

(あの目は、俺を見下している目だ。自分たちの正しさを
信じて疑わない、あいつらは皆、そういう奴らなんだ。)

そんな事を考えていると、ふとサトルは、彼らの中の一人
が、募金箱を手に持っているのに気付いた。
そして、おもむろにポケットから財布を取り出し、一万円
札を抜き取って、募金箱を持つ男の目の前に差し出した。
サトルのこの、あまりに意外な行動に、彼らは一瞬面喰っ
て、戸惑いの表情を浮かべたが、すぐににこりと快く笑っ
て、募金箱を前へ差し出した。

するとサトルは、彼らの目の前で、一万円札を手の中で握
りしめ、くしゃくしゃに丸めて、道の上に放り投げてしま
った。
驚きのあまり唖然とする彼らを残して、サトルは何事もな
かったかの様に、平然として広場を立ち去って行った。





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