第三章 街頭募金

(1)


「A」を出るとサトルは、繁華街の中にある、小さな食堂
に入り、早めの夕食を済ませ、酒も少し飲んだ。
食堂を出ると、辺りはもうそろそろ暗くなり始めていた。
サトルは人通りの多い道を、ふらふらと歩いた。
酒を飲んでも、気分は一向に代り映えしなかった。

来る日も来る日も、彼は際限なく続く心の虚ろに苦しめら
れていた。
(何の感慨もなく、何の満足感も得られないまま、また一
日が終わっていくのか‥‥)

サトルが駅の前の小さな広場までやって来ると、そこには
何やら人が大勢集まっていた。
どうやら何処かの慈善団体か何かが、街頭募金の活動をし
ているらしく、若者も年配者も皆同じジャケットを着て、
募金箱やビラを手に、道行く人たちに近寄って行っては、
熱心に話しかけていた。

その集団の中心では、四十代ぐらいのリーダーらしき男が、
拡声器を手に大声で、社会的弱者の窮状を訴えたり、社会
的強者の不正や無関心を、糾弾したりしている。

サトルはこの光景に、ある種の嫌悪感を覚えた。
そして冷たい視線を彼らに向けながら、そのまま広場を横
切ろうとした。
するとその集団の中から、学生らしき若い男が一人近付い
て来て、サトルの横にぴったり並んで歩きながら、目の前
にビラを差し出した。
「こんばんは。私たちの活動について、ここに書かれてあ
りますので、どうぞご覧になって下さい。」
熱気に満ちた声で話しかけてくる、その若者の方を見向き
もしないで、サトルは淡々と歩き続けた。

「あの‥‥すみません、ちょっとだけでも話を聞いてもら
えませんか?」
なおも話しかけて来る若者に、苛立ちを増したサトルは、
彼を振り切ろうとして、急に足を早めた。
すると、肩が若者の手に当たって、その拍子に持っていた
ビラが、ばさりと地面に落ちてしまった。

その時、若者の顔色が、さっと変わった。





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