神様の御飯


(1)


相変わらず何もない、退屈な所だ‥‥

霞のような薄い雲に覆い尽くされた秋空の下、小高い丘の
上から、十数年振りに訪れた生まれ故郷の町を見下ろしな
がら、夏子は懐かしさよりもむしろ倦怠を覚えていた。
東京から何時間も夜行バスに揺られて、今朝早く、久し振
りに山と田んぼと畑ばかりのこの地に足を降ろした。ここ
から町を眺めるのも、実に高校三年生、十八歳の時以来だ
った。

「夏ちゃん。」
後ろから声が聞こえて、振り返ると春子がこちらに駆け寄
って来るところだった。
「もうじき骨上げよ。そろそろ戻ったら?」
「うん。今何時?」
「もうすぐ二時よ。」
二人は並んで歩き出した。この広い丘の上には、斎場と火
葬場と墓地が揃っている。この土地では誰かが亡くなると、
ここで葬式から火葬、納骨までを一日で行うのが習わしだ
った。
春子は夏子の五つ下の妹で、今日は夏子の五つ上の姉、秋
子の葬式だった。

火葬場の控え室には十数人の喪服姿の参列者が、縦長の大
きなテーブルを囲むようにして、椅子に腰掛けていた。夏
子と春子は控え室に戻ると、一番手前の椅子に並んで座っ
た。

「おばちゃーん。」
部屋の奥の方から五つくらいの女の子が、夏子たちを見つ
けて走って来た。
「桜ちゃん、こっちにいらっしゃい。」
夏子はそう言って、女の子を膝の上に乗せた。桜は春子の
子供だった。姪っ子を膝に乗せて、ようやく夏子の表情が
少し緩んだ。

「しばらくこっちにいられないの?」
姉の笑顔を見て、春子はほっとして話し掛けた。
「今夜帰るわ。仕事があるから。」
「お母さんと話した?」
春子のこの問いかけに、夏子は何も答えずただ首を横に振
った。部屋の奥に視線を向けると、テーブルの先の一番向
こう側に、夏子たち姉妹の母親の雪枝と、秋子の夫、それ
に若い娘が並んで座っているのが見えた。

「楓ちゃん、大きくなったわね。いくつかしら?」
話題を反らそうと、夏子は若い娘を見て言った。
「十五歳だって。秋姉ちゃんに似てきたね。」
それは、秋子の娘の楓だった。夏子は彼女を見違えた。記
憶の中の楓はまだ子供だったが、今や春子の言う通り、そ
の姿ははっとする程秋子の面影をたたえていた。
泣き腫らして真っ赤な目をした楓を慰めるように、雪枝が
耳元で何やら優しくささやいているのが見えた。

「一回くらい見舞いに来ればよかったのに。秋姉ちゃん、
最後まで夏ちゃんに会いたがってたわよ。」
春子にそう言われて、夏子は少し苛立った。
「あたしのせいで姉さんが死んだって言うの?」
「そうじゃないけど‥‥」
春子は困った顔で言葉を詰まらせた。

人から言われるまでもなく、夏子は一度も病床の姉を見舞
えなかったことに負い目を感じていた。秋子が倒れたのは
三ヶ月前。義兄からの知らせで、軽い肺炎だから心配いら
ないと聞かされていたので、仕事の多忙も手伝ってついつ
い足を運ぶのを先延ばしにするうちに、突然容態が悪化し
て亡くなってしまったのだった。

それにもう一つ、ここに帰って来たくない理由があった。
夏子は母親の雪枝と折り合いが悪かったのだ。






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