(4)


控え室に火葬が終わったという知らせが届いた。参列者は
一斉に部屋から吐き出され、向かいにある骨上げの部屋へ
と吸い込まれて行った。
コンクリートの壁と天井で囲まれた灰色の狭い室内は、そ
れ自体が棺を思わせた。部屋の中央には、火葬炉から運ば
れた遺骨が乗った黒い台が置かれていて、その周りを黒衣
の参列者が取り囲んだ。
夏子は、参列者の中から遺骨を覗き込むと、その光景に圧
倒された。

これがあの姉なのか?これが死というものなのか?

背筋が凍りつくような、寒々しい虚しさが襲って来た。
人は何故生きるのだろう?
命とは何なのだろう?
夏子の頭の中に様々な雑念が渦巻いて、気分が悪くなった。

「夏ちゃん、大丈夫?」
隣でこわばった白い顔をしている夏子を気遣って春子が訊
ねた。
「うん、大丈夫よ。」
夏子は心配かけまいとして笑顔を作った。

骨上げが無事終わり、参列者は納骨のため墓地へ向かった。
遺骨の入った箱を抱える秋子の夫を先頭に、遺影を持つ楓、
位牌を持つ雪枝と続く黒い列が、ゆっくりと動いていった。
夏子と春子は、桜を間に挟んで並んで歩いていた。

「おじさんが持ってるのなあに?」
秋子の夫が持っている箱を見て、桜は夏子の袖を引っ張っ
て訊ねた。一瞬、夏子はどう答えたらいいのか迷ったが、
変に嘘をつくより、包み隠さずありのままを教えるのがい
いだろうと思った。
「あの箱の中に秋子おばちゃんが入ってるのよ。秋子おば
ちゃんはね、骨になったの。」
「知ってる。お母さんから聞いたわ。おばちゃんは神様の
御飯になったのよ。」
「えっ?」
「お魚を食べたら骨だけになるでしょ?おばちゃんも神様
の御飯になって、骨だけになったんだわ。」
桜はそう言って無邪気に笑った。
「もう、この子ったら。変なこと言って。」
春子は笑いながら我が子をたしなめた。

墓地に着くと、秋子の夫の挨拶の後納骨が始まり、参列者
は墓を囲んでそれを見守った。
夏子の頭の中ではまだ、先程の桜の言葉がぐるぐると回り
続けていた。

(人は死んだら、神様の御飯になる‥‥)

長い間、心の中を覆っていた悩みの答えが、姪の口から思
いがけず与えられた気がした。人が魚や動物の肉を食べる
ように、人が死んだら神様に食べられる、いや、食べてい
ただく。人はそのために生まれ、そのために生きる。神様
に美味しく召し上がっていただくために、しっかりと期が
熟すまで生きるのだ。
神様の栄養になるため、力になるために、この世で長くよ
く生きねばならないのだ。そうして神様に召し上がってい
ただいて、神様の一部になることが出来るのだ。

(だから私は、生きていていいんだ。)

心なしか夏子は、肩が軽くなった気がした。






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