大型客船ゴーストロモ号の沈没


(1)


ネコオルランドが、いつどこにあったのかは分からないの
ですが、そこはたしかに、人間のように二本の足で立って、
服を着て、言葉を話す猫たちが住む国だったのです。これ
からお話しするのは、そのネコオルランドに住む、ロポッ
クという名前の灰色の青年猫のお話しです。
ネコオルランドの高等学校を卒業したロポックは、その記
念に、アスキヴァという赤茶色の友だち猫と一緒に、大型
客船ゴーストロモ号に乗って、海の旅に出かけました。イ
ルカやクジラが泳いでいるのを見たり、南の島で珍しい鳥
や植物を見たり、船内ではおいしい料理を食べたりして、
二泊三日の楽しい時間を過ごしたのですが、その帰路で船
は、近くを航行していた漁船とぶつかって、船体に大きな
穴が空いてしまったのです。もうじき日が暮れようとする
時刻でした。
船は見る見るうちに沈んでいき、乗っていた猫たちはみな
船の中から甲板に上がって、救命ボートに乗り込んだり、
浮き輪を着けて海に飛び込んだりしましたが、何せ何千人
も乗客を乗せた大型客船だったので、ボートや浮き輪がな
くなってもまだ、多くの猫が船の上に残されたままで、助
けが来るのを今か今かと待っていましたが、その間にも船
はどんどん海の中に沈んでいくのでした。ネコオルランド
には、ヘリコプターなどという便利なものはなかったので、
救助隊は船か気球に乗って助けに行くしかなかったのです。
ようやく救助隊が来た時には、もうあたりは暗くなってい
て、船の四分の三くらいは海の下に沈んでしまって、残さ
れた猫たちは寄りそうようにして甲板に固まっていました。
救助の船が何隻か、ゴーストロモ号の周りに近づくと、甲
板の上の一番外側にいる猫が、次々に海に飛び込んで、救
助の船に向かって泳いでいきました。また、空にはいくつ
かの気球がやってきて、かわるがわる甲板にロープを垂ら
しては、猫たちをつり上げていきます。そうしてたくさん
の猫は救助されましたが、何せ大型客船なので、甲板には
まだ何十人もの猫が残っています。ところが救助にきた船
はみんな、あっという間に満員になって、もうそれ以上乗
せることができず、泣く泣く戻っていきました。あとはも
う気球だけでしたが、ひとりずつつり上げるしかないので、
とても時間がかかります。その間にもゴーストロモ号は、
どんどん沈んでいって、甲板の上にも海水が流れこんでき
ました。
ロポックとアスキヴァは、まだ甲板の上にいました。
「もうだめかもしれない。」
そう思い始めたとき、ふたりの目の前に、気球からロープ
が降りてきました。ロープの先は輪っか状になっています。
「その輪の中に体をくぐらせるんだ!」
気球から救助の猫が叫びました。
「君から先に行け。」
アスキヴァはそう言うと、ロポックの体をロープの輪の中
にくぐらせました。ロポックは無我夢中で、両手でしっか
りとロープをつかまえました。それを確認した気球の救助
猫は、上からロープを引き上げて、ロポックの体はふわり
と宙に浮かびました。
その直後です。突然船ががたんと斜めに傾き、大量の水が
甲板に押し寄せました。残された猫たちはみな、水の中へ
沈んでいきます。
「アスキヴァ!」
とっさにロポックは手を伸ばして、アスキヴァの腕をつか
みました。すると、胸のあたりまで水に浸かっていたアス
キヴァの体がふわりと浮かんで、ロポックと一緒にゆっく
り上がっていきました。
ところが、あと半分くらいで気球にたどり着くというとこ
ろまで来て、ロープはぴたりと止まってしまい、それ以上
少しも動かなくなってしまいました。
「だめだ、一度にふたりは重すぎるんだ!」
上からロープを引き上げていた救助猫が、苦しそうにそう
言っています。
「アスキヴァ、絶対に手を離さないからね。」
ロポックはそう言いましたが、アスキヴァの腕をつかんで
いる手はだんだんしびれてきて、力が入らなくなってきて
います。アスキヴァの腕はずるずると、ロポックの手から
すべり落ちていきました。その下ではもうゴーストロモ号
の船体は、ほとんど海にのみ込まれていました。そしてと
うとうアスキヴァの腕は、ロポックの手を離れてしまった
のです。
「アスキヴァ!」
その瞬間、ロポックはとっさにアスキヴァの着ていた青い
カーディガンの袖をつかみましたが、するりとカーディガ
ンが脱げて、アスキヴァの体は真っ逆さまに落ちていきま
した。
「アスキヴァー!」
「ロポックー!」
凍った顔でこちらを見ているアスキヴァの姿が、だんだん
小さくなって、やがて墨汁のように真っ黒な夜の海に消え
ていきました。
「アスキヴァー!」
ロポックはもう一度、のどから血が出るくらいに大きな声
で叫びました。その手には、青いカーディガンだけが残さ
れていたのです。






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