(4)


外はもう日暮れが近く、空はピンクとオレンジとミルク色
の絵の具を水で溶かしたみたいな色をしていました。ロポ
ックは夢遊病者のように、ふわふわと町の通りをどこまで
も歩いていって、海を臨む高台の岬までやって来ました。
そこから見える水平線に、今しも日が沈もうとしていると
ころで、海と空は鮮やかなオレンジ色に染まっていました。
ロポックは岬の先端ぎりぎりのところに立ちました。足元
は切り立った崖で、遥か下の方では、岩場に波が激しくぶ
つかって、白くにごっています。しかし遠くの海は穏やか
で、崖の上には心地いい緩やかな風が吹いています。
「もう僕は、生きていても仕方がないな‥‥」
そうつぶやくとロポックは、ゆらゆらと風に揺られて、そ
のまま前に倒れるようにして崖から飛び下りました。
おなかの下あたりに、すうーっと空気の圧迫を感じて、ロ
ポックは恐くなって思わず目を閉じました。すると不思議
なことに、がくんと体に衝撃が走って、それきり空中に止
まって落ちていかなくなった気がしました。
おそるおそる目を開けると、目の前にアスキヴァが、ロポ
ックが海に落ちるのをさえぎるように宙に浮かんでいまし
た。
「アスキヴァ!」
ロポックは大きな声で叫びました。アスキヴァは笑って何
か言いましたが、声は聞こえません。ロポックは、アスキ
ヴァの口元の動きを見て言葉を読み取りました。するとア
スキヴァはこう言っていました。
「シナナクテイインダヨ。イキテイテイインダヨ。」
それを見届けると、ロポックはだんだん意識が薄らいで、
そのまま気を失ってしまいました。


気がつくとロポックは、病院のベッドの上に寝ていました。
病室の窓の外はもう真っ暗です。何がなんだかわけが分か
らず、ぼーっとしていると、入り口のドアが開いて、白衣
を着てひげを生やしたお医者らしき猫が入ってきました。
「やあ、気がついたかね。」
お医者の先生はそう言って、ロポックのベッドの横まで来
ました。
「僕はいったいどうしたんでしょう?たしか‥‥崖の上か
ら海に落ちたはずですけど。」
ロポックは、先生に心配をかけまいと思って、「飛び下り
た」ではなく「落ちた」と言いました。
「運がよかったんだよ。君は崖の途中に生えている木の枝
に引っかかっていたんだ。君が着ていた、ぶかぶかのカー
ディガンの背中のところが、ちょうどうまい具合に引っか
かったんだな。それを、たまたま近くの海を通りかかった
船の乗組員が見つけて、救助されたんだよ。もしもあそこ
に木の枝が生えてなかったら、もしも君があんなぶかぶか
のカーディガンを着ていなかったら、今ごろ君は死んでい
たはずだ。」
ロポックの手を取り脈を計りながら、先生はそう言いまし
た。アスキヴァが助けてくれたんだ、そう思うとロポック
の目からは、止めどなく涙があふれ出るのでした。
「とにかく無事でよかった。怪我はないようだが、念のた
め今夜一晩はここで寝なさい。明日の朝にはうちに帰って
もいいだろう。せっかくの命だ。大事にしなきゃあいけな
いよ。」
先生にぽんと肩をたたかれて、ロポックは泣きながらこく
りとうなずきました。


翌朝、病院を退院したロポックは、再び岬の先までやって
来ました。でも、今度は飛び下りるためではありません。
「アスキヴァー!」
真っ青な水平線に向かって、ロポックは声の限り叫びまし
た。それは、アスキヴァへの別れの言葉でした。
「アスキヴァー!」
ロポックはもう一度叫びました。返事はありません。聞こ
えるのはただ波の音だけです。
ロポックは、胸がいっぱいになりました。彼には波の音が、
アスキヴァの声のように思えたのです。

                      (おわり)






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