第一章

(1)


明るい夜だった。その日降り続いた、重力を無視する様な
真横に殴る雪が止んで、見渡す限り白い静寂に包まれてい
た。遠くの山々を、小さな満月が照らし出しているのを、
ヤマトは車の窓から眺めていた。それが彼の覚えている、
一番古い記憶だった。

これからお話しするのは、その後この少年が辿る、奇妙な
運命の長い物語である。それを始めるにあたって、まずは
この、彼の最初の記憶から幕を開けることにしようと思う。

昼間の荒天が嘘の様に、雲ひとつない夜、雪の中の真っ直
ぐな一本道を、一台の車が走っている。運転席に父親が、
助手席に母親が、後ろの座席にヤマトが座っている。この
少年がまだ五歳か六歳頃のことである。その時、この家族
がどこからどこへ向かっていたのか、そこまで彼は覚えて
いなかった。
月明かりと、見渡す限り一面雪の平原が世界を照らし出す
のを、少年はまるで、夢を見ている様な不思議な気持ちで、
一心に見つめていた。長い一本道には、この家族を乗せた
車以外、何もなかった。
「見て見てお母さん、きれいだよ!」
ヤマトが嬉しそうにそう言うと、前の席から母の声がした。
「まあ、きれいなお月様‥‥」
あたかも彼は、世界を独り占めにした気分だった。
この時までは。

ふと、満月の真横辺りの彼の視界の端に、小さな光が動い
た。流れ星かな、と思った次の瞬間、突然夜空が真昼の様
な、目もくらむ程の光で覆われた。ヤマトは驚いて思わず
目を閉じた。すると少し間を置いて、静寂を破る落雷に似
た、けたたましい轟音に襲われ、車が激しく揺れて、その
まま彼の意識は失われてしまった。
この時のことで彼が覚えているのは、ここまでだった。

翌朝、道路から数十メートル離れた場所に、ボロボロにな
った車が横転しているのを、通りがかった別の車が発見し
た。中にいた三人は救出され、病院に搬送されたが、父親
と母親はすでに絶命していた。ヤマト少年だけは、幸いに
も一命は取り留めたが、脳に深刻な損傷を負っていて、病
院のベッドの上で眠り続け、生死の境をさまよった。

その後の調査で事故の夜、その付近の上空で、隕石の空中
爆発があったことが確認されている。ヤマトと両親を乗せ
た車は、その衝撃波で吹き飛ばされたのである。

昏睡状態に陥っていたヤマトは、事故から半年後のある日、
何の前ぶれもなく、まるで日常の朝であるかのごとく、静
かに目を覚ました。
病室の窓からは、真新しい陽光が射し込み、雀たちが祝福
の歌をさえずっていた。






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