(3)


「君も知っているだろう?二年前の夏、あの街で通り魔事
件があったのを。あの時殺されたのが、チエだったんだ。」

思いがけないサトルの告白に、ミユは声も出せずに、大き
く目を見開いて、ぶるぶると体を震わせていた。
サトルは、うつ向いて床を見つめたまま、震える声で話し
続けた。

「あの日、俺とチエは、あの街で会っていた。
その頃、俺たちの仲はあまり上手くいってなくて、その時
も喫茶店で、ちょっとした口論になったんだ。
俺はついかっとなって、(そんなに俺が嫌いなら、別れよ
う。)と言ってしまった。
そんな事、心にも思ってなかったのに‥‥
でも、あいつはそれを真に受けて、泣きながら店を飛び出
して行った。
俺は立ち上がって、よほど後を追いかけようと思ったんだ
が‥‥愚かにもまた、座ってしまった。
俺の下らんエゴが、プライドが、あいつを引き留めるのを
拒んだんだ。
本当はすごく、後悔してたのに‥‥」

サトルの声は、徐々に震えを増し、途切れ途切れになって
行った。
それでも彼は、何かに憑りつかれた様に、懸命に話し続け
た。

「それから‥‥数十分後‥‥近くの通りで、あの‥‥事件
が起きて‥‥あいつが‥‥チエが‥‥刺されたんだ‥‥」
彼は、両手で頭を抱えた。
体全体が、がたがたと激しく震え出した。

「あの時、俺が‥‥引き留めてたら‥‥あいつは死なずに
済んだんだ!‥‥俺が‥‥俺があいつを殺したんだ!」
サトルの声は、泣き声になっていた。
話を聞きながら、既にすすり泣いていたミユは、堪らなく
なって、彼の震える肩に抱きついた。

「あいつは‥‥チエは優しい子だった‥‥
困っている人を助けたいからと、よくボランティアで、あ
ちこち駆け回っていた‥‥
家を失くしたり、家族を失くしたりした人たちの援助をし
て‥‥逆に自分がその人たちから、力を貰えると言って、
不思議がってたよ‥‥
(何であんな辛い思いをしてるのに、あんな風に笑う事が
出来るのかしら?)って‥‥
あいつは、誰にでも優しかったんだ‥‥それなのに‥‥
何であいつが‥‥あんな死に方を!
‥‥俺のせいだ!‥‥俺が殺したんだ!
‥‥俺は‥‥俺は‥‥」

もうそれ以上、言葉を続ける事は不可能だった。
サトルは、体を丸めてむせび泣いた。
ミユはしっかりと彼を抱きしめ、やはり泣いていた。

「あなたのせいじゃない!あなたのせいじゃないわ!」
彼女は、ようやく声を振り絞ってそう言った。

それからしばらくの間、二人は寄り添ってすすり泣いてい
たが、不意にサトルは、ミユの体を、自分から引き離した。
ミユは驚いて、怪訝そうに彼を見つめた。





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