(4)


「今日、俺は‥‥」
サトルは、少し落ち着きを取り戻した様子で、また話し始
めた。
「君に全てを打ち明けるつもりで来たんだ。でも‥‥まだ
全部じゃない。‥‥まだ言ってない事が‥‥言えない事が
あるんだ。言おうとしたけど‥‥どうしても‥‥
駄目なんだ‥‥」

サトルの顔から生気が失われ、再び冷めた表情へと戻って
いった。
ミユはそれをただ、悲しそうに見つめていた。

丁度その時、時計のアラーム音が鳴り響いた。
二人はしばらく、無言のまま見つめ合った後、ゆっくりと
サトルが立ち上がった。
「じゃあ、もう行くよ。」
「ええ。」
ミユも遅れて立ち上がり、サトルにコートを着せた。

「ちょっと待って。」
部屋から出て行こうとするサトルを制して、彼女は、自分
の首から外したものを、そっとサトルに手渡した。
「あなたにあげるわ。お守りにして。」

それは、何の飾りも付いていない、銀色の小さな、チェー
ンのネックレスだった。

「いいのかい?」
「ええ。」
「そう‥‥ありがとう。」
サトルはコートのポケットに、そのネックレスを入れた。

「また‥‥来てくれる?」
ミユのこの問いかけに、サトルは答える事が出来ず、黙っ
てカーテンを開け、部屋を出た。
「ここでいいよ。ここで別れよう。」
後ろから部屋を出ようとするミユを制して、彼はそう言っ
た。
「さようなら。」

去っていく彼の後ろ姿を見送りながら、ミユは、声を振り
絞る様にして言った。
「もし、どうしても耐えきれなくなったら‥‥」

サトルは立ち止った。
ミユは更に続けた。
「私を殺して。」

サトルはぎくりとして、後ろを振り返った。
ミユは表情ひとつ変えず、彼を見つめていた。

サトルは再び前を向き、そのまま二度と振り返る事なく、
彼女の元を去って行った。





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