(2)


サトルがこの老人と出会ったのは、およそ一年程前の、冬
の事だった。
深夜、酷く酒に酔ったサトルが、路上に倒れて眠っている
と、不意に誰かに声を掛けられた。
「こんな所で寝てたら、死んじまうぞ!」
それが、この老人だった。

老人は、正体を失った彼の体を抱き起こし、担ぐ様にして
近くの川に架かった、小さな橋の下まで連れて来た。
そこに、老人の寝ぐらのテントがあった。老人は、ホーム
レスだったのだ。

翌朝早く、テントの中で目を覚ましたサトルは、前夜の事
を何も覚えておらず、訳も解らず放心していたが、老人の
話を聞いて、ようやく事情を呑み込んだ。
「放っておいてくれればよかったのに。俺はもう、いつ死
んだって構わないんだから‥‥」
サトルが不機嫌にそう言っても、老人は静かに笑っていた。

それからサトルがふらふらと、テントから出て行こうとす
ると、老人も一緒について来た。
「なに、これから仕事なんだよ。」
老人は早朝、リヤカーを引いて付近を回り、アルミ缶のご
みを集めて、それを換金して生活しているのだった。
二人は、冬の早朝の川沿いの道を、並んで歩いた。

しばらく行くと、道沿いにある公園の中に、人が並んでい
るのが見えてきた。
「炊き出しだよ。」
老人が、公園の方を見ながら言った。
この辺りにはホームレスが多いので、いつの頃からか、何
処かの慈善団体が週に二三度、この場所で炊き出しをして、
彼らに振舞っているのだという。
「あなたは行かないんですか?」
そのまま公園の前を通り過ぎようとする老人に、サトルは
不思議そうに尋ねた。
「ああ。」
「何故です?あなたにだってその権利はあるでしょう。」
すると老人は、穏やかに笑いながらこう答えた。
「わしが食わなきゃ、その分他の誰かが一人食える。だか
らわしは、人の世話にはならない。人の世話になるくらい
なら、首をくくるよ。」

サトルには何故か、この言葉が強く心に残って、その後い
つまでも離れなくなった。

それから間もなく、老人はサトルに別れを告げ、一人リヤ
カーを引いて、街の中へと消えて行った。
その後、サトルは一度も橋の下に、足を運ぶ事はなかった
が、老人は時々、彼の部屋に現れる様になったのだった。





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