(2)


サトルは怒りを込めた目で、友人を睨み付けて言った。
「お前には、俺の気持ちは解らない!」
「いい加減に目を覚ませ!」
目黒はテーブルをどんと叩いて、そう叫んだ。
するとサトルは、突然席を立ち、つかつかと出口へ向かっ
て歩いて行った。
それを見て目黒も、慌てて立ち上がった。
「おい、待てよ!悪かった。少し言い過ぎたよ。」
サトルは振り向き、敵意を込めた目で友人を見た。
「心配するな。自分の勘定ぐらい、ちゃんと払っていくよ。
世の中そんなに、甘くないからな。」

喫茶店を飛び出し、サトルは街を歩きながら、先程の目黒
とのやりとりを、腹立たしく思い出していた。
(ふん、現実主義者め!)

彼は当てもなく、ふらふらと道を歩き回りながら、色々な
事に思いを巡らせていた。
(解ってるさ。あいつが悪い訳じゃない。全て俺のせいさ。
でも俺は‥‥もう元には戻れない。もう、後戻りは出来な
いんだ!)
冷たい冬の風が吹き付け、彼の孤独な心を締め付けた。

ふとサトルが、何気なく前方を見やると、遠くの方から二
人連れの若い女性が、こちらへ向かって歩いて来るのが目
に映った。
彼女達の顔が、はっきりと見えるぐらいまで近付いた時、
サトルは、はっと息を呑んだ。
そのうちの一人が、ミユだったのだ。

彼女は、青白い顔に地味な服装で、もう一人の女性と話し
ながら、こちらの方へ歩いて来る。
そして、十メートル余りのところまで近付いた時、彼女の
方もサトルに気づき、驚いた様子でこちらを見た。

サトルは、咄嗟に顔を背け、そのまま彼女の横を、無言で
通り過ぎた。
何故か胸が激しく高鳴り、「A」で彼女に会った時のあの、
引け目の様な、いたたまれぬ気持ちが甦って来た。

堪らず彼は足を早めて、急いでその場から離れて行こうと
したが、突然途中で立ち止まり、後ろを振り返って、ミユ
の姿を必死に探した。
しかし、彼女の姿はもう、雑踏の中に紛れて、見えなくな
った後だった。

しばらくサトルは、魂が抜けた様に、そのままそこに突っ
立っていたが、やがて前を向き、とぼとぼとまた歩き出し
た。
まるで何か、大事なものを失くしてしまったかの様に、彼
の心は深く沈み込んでいった。





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