(3)


少年が咄嗟に身をかわした直後、凄まじい音を立てて窓ガ
ラスが割れ、爆風が吹き込んで来た。
その瞬間、少年と母親の心に、あの地震と津波の記憶が、
鮮やかに甦った。
少年は無我夢中で、泣き叫ぶ母親を抱きかかえ、二人その
場にうずくまった。

とてつもない爆音を立てて、風が襲いかかって来た。
あらゆるものが吹き飛ばされ、壁や柱や、天井や床が、め
きめきと恐ろしい音を上げて軋んだ。
それでも二人は顔を伏せ、体を固めて必死に耐えていた。

この時、少年は自分の中で、何かが弾けたのを感じた。

やがて少しずつ風は治まり、しばらくすると部屋の中は、
さっきまでの騒ぎが嘘の様に静かになった。
どうやら竜巻は、通り過ぎて行った様だった。

滅茶苦茶に荒れ果てた部屋の隅で、少年はなおもじっと母
親の体を抱いたまま、屈みこんでいた。
母親は恐怖のあまり、気が狂ったように体を震わせ、泣き
叫んでいる。
その時、少年の口から、思いがけない言葉が飛び出した。

「しっかりして、母さん!俺が付いてるよ!母さんは俺が
守る!俺は絶対に、母さんを残して死にはしない!」
部屋中に響き渡るその言葉に、母親は驚いた様に泣くのを
止め、息子の顔をまじまじと眺めた。
少年は再び、自分の心が動き始めたのを感じていた。

そして不意に彼は、とてつもなく大事な事に思い当り、慌
てて部屋を飛び出して行った。

少年は、少女の姿を探して、街中を駆け回った。
竜巻の過ぎ去った街は、瓦礫の山と化し、至る所で電柱は
傾き、街路樹は根こそぎ倒され、家々は飛ばされ、潰され
ていた。
少年は、悪夢を見る思いでそれらをやり過ごし、不安で胸
が潰されそうになりながら走った。

そして彼が、一週間前に死のうとした、あの橋に差しかか
った時の事だった。
橋の向こう側から、途方に暮れた様子で、ふらふらとこち
らに向かって歩いて来る、少女の姿を見つけた。

少女は少年に気づくと、途端に顔を歪めて泣き出し、一目
散にこちらへ向かって駆けて来た。
少年も駆け出した。
二人は、橋の真ん中で抱き合った。

少女は、彼の胸に顔をうずめて泣きじゃくっていた。
「大丈夫か?怪我はないか?君の‥‥君の家族は無事か?」
少年が問いかけると、彼女は泣きながら、弱々しく答えた。
「ええ、無事よ。家族もみんな‥‥でも、家が‥‥家が滅
茶苦茶に‥‥」
そこまで言うとまた、彼女は泣き出し、少年の胸にすがっ
た。

「そうか‥‥」
少年は一層強く、彼女の体を抱きしめた。
その胸には愛しさや、悦びや、憐れみや、傷みや、悲しみ
や、希望や、ありとあらゆる感情が複雑に入り混じって、
破裂しそうな程であった。

「大丈夫、心配ないさ!必ず元の生活に戻れるよ!君も、
俺も‥‥俺たちは必ず、乗り越えられる!」

自分でも信じられなかった。
こんな言葉が、自分の口から出て来るとは‥‥
しかし、少年は確信していた。
この言葉が、揺らぐ事のない真実であると。

僕らは必ず、乗り越えられる‥‥>





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