(2)


不意に少年に襲われた少女は、驚いて悲鳴を上げ、必死で
虚しい抵抗をしたが、少年は安々とその体を押さえ付け、
服を引き裂き、スカートを捲くり上げた。
彼の心は復讐の興奮で熱狂し、理性を失っていた。

やがて少女は、諦めた様に抵抗を止め、少年の為すがまま
に任せた。
少年は、勝利の悦びに浸りながら、少女の顔を覗き込んだ。

だがその顔には、彼が期待していた恐怖や、恥辱や、憎し
みなど、少しも浮かんではおらず、その代りそこにあった
のは、限りなく深い憐れみを湛えて、真っ直ぐに彼を見上
げている、美しい目だった。
その目が、彼の心に理性を甦らせ、己の愚かな行為に対す
る、巨大な敗北感と絶望感をもたらした。
少年は、慌てて少女の上から飛び退いて、その場から走り
去って行った。

それから何処をどう彷徨ったのか、自分でも解らぬまま、
気がつくと少年は、川の上に架かる橋の真ん中で、欄干に
もたれて立っていた。
陽はもうすっかり暮れて、辺りは暗くなっていた。

(どうしてあいつはあんな目で、俺を見る事が出来るんだ
?)
少女のあの目を思い出すと、苦痛で胸が押し潰されそうに
なった。
そして、橋の上から川を見下ろしているうち、ふと衝動的
に、この喪失感や敗北感、絶望感といったもの一切に、け
りを着けたいという思いが湧き上がって来た。
彼は欄干から身を乗り出した。

しかし、どうしても川へ飛び込む事は出来なかった。

今の今まで彼を苦しめていた、あの少女の目が、今度は何
故か、彼の目の前に立ち塞がって、欄干を乗り越える事を
許さなかったのだ。

とうとう彼は、泣きながら自殺を断念して、苦しい心を引
きずって、母親の待つ避難所へと帰って行った。

それから一週間が過ぎた。
少年と少女は、あれから一度も顔を合わせていなかった。
少年は殆どずっと、避難所の部屋に閉じ籠って、寝たきり
の母親とは口も聞かず、目も合わさず、一日中窓から外を
眺めて過ごしていた。

その日は朝から、雨が降ったり止んだり、目まぐるしく天
気が変わった。
遠くの方に、どす黒い雲が見えていた。

少年の心は、もはや完全に止まってしまった様に、ただ意
味もなく、無駄に時を過ごしていた。
自分の身にはもう、この先死ぬまで、何も起きはしないの
だろうと、信じて疑わなかった。

午後になると、急に雨風が激しくなって、避難所の窓を激
しく打ちつけ始めた。
遠くの方からは、雷鳴が聞こえて来た。

尚も風は強さを増して、部屋の壁や天井が、がたがたと揺
れ始めた。
窓際に座って、外の様子を窺っていた少年の胸に、ふと不
吉な予感が走った。

その直後である。
部屋の揺れが突然、何倍もの大きさになって、少年と母親
を襲って来た。
けたたましい母親の悲鳴が響いた。
部屋の外が騒然として、何かが起きている様だった。

そして、誰かの叫ぶ声が聞こえて来た。
「気をつけろ、竜巻が来るぞ!」





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