つるにょうぼう


(一)

山深い北の国の小さな村に、与平という若者が住んでいた。
幼い頃に病で父親を亡くし、母親と二人で暮らしていたが、
与平が十八の年に母親も亡くなって、それからは一人暮ら
しだった。
与平はとても貧しかった。親に似て病弱だったため、他の
村人のように畑仕事が出来なかったので、藁細工を作って、
それを麓の町まで売りに行って、細々と生活していた。

ある冬の寒い朝、丸三日降り続いた雪がようやく止んで、
与平は久し振りに町に藁細工を売りに行こうと、真っ白な
雪道を歩いていた。途中にある森の横を通りかかった時、
前の方で何かが動いているのが見えた。近づいてみると、
それは一羽の鶴だった。
鶴は翼に矢が刺さっていて、そのせいで飛べない様子で、
苦しそうにばたばたともがいていた。
「かわいそうに‥‥」
与平が矢を抜いてやろうと近寄ると、鶴は怯えて一層激し
く暴れ出した。
「心配するな。何もしやしない。」
与平は鶴を取り押さえると、ゆっくりと矢を引き抜いて、
そっと手を放した。自由になった鶴は、与平から少し離れ
てばたばたとその場で羽ばたいていたが、しばらくすると
羽ばたくのを止めて、与平をじっと見つめていた。
「何してる、早く行け。」
与平がそう言うと、鶴はまたばたばたと舞いを踊るように
羽ばたいて、そのままふわりと浮かび上がると、与平の頭
上をくるくると二度ほど回って、朝日が昇り始めた東の山
へ飛び去って行った。
与平はせわしく白い息を吐きながら、しばらくの間、鶴が
消えていった跡を眺めていた。


(二)

それからしばらく経ったある日の、ちらちらと雪の舞う夜、
こんこんと与平の家の戸を叩く者がいた。戸を開けるとそ
こに、長い黒髪に雪のような白い肌をした、若い娘が立っ
ていた。娘はうつ向いて、上目遣いに与平の顔を見ていた。
「どうしたんだ?若い女がこんな時間に。」
与平が訝しげに尋ねると、娘はゆっくりと頭を下げてから、
小さな声で話し始めた。
「こんな夜分遅くにお邪魔をして申し訳ありません。道に
迷ってしまいました。今夜一晩泊めて頂けないでしょう
か?」
肌の色同様に、白く透き通った美しい声だった。よく見る
と娘は、細身に白い着物一枚着たきりの出で立ちだった。
「こんな寂れた山の中を、その格好ではさぞ辛いだろう。
早く中へお上がりなさい。」
与平は娘を気の毒に思い、快く家の中へ招き入れた。

囲炉裏で暖を取りながら、与平は娘に身の上を尋ね始めた。
「俺は与平だ。お前の名は?」
「おつうと申します。」
「麓の町から来たのか?」
「はい。旅の途中で、道に迷ってしまいました。」
「行く宛はあるのか?」
「いいえ。」
「家族はいないのか?」
「はい。」
おつうは恥ずかしそうに下を向いて、時折与平の顔を見上
げながら、言葉少なに答えた。その様子を見て与平は、お
つうを不憫に思い、とても気がかりになって来た。
「その格好で冬の山を歩くのは無謀というものだ。お前さ
えよければ好きなだけ、ここに留まって構わないよ。」
「ありがとうございます。」

それからおつうは与平の家に留まって、二人夫婦のように
暮らし始めた。






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