(七)
「このような手紙を書くことを、どうぞお許し下さい。
私は山へ帰ります。
もう二度と、お会いすることはないでしょう。
私がここへ参りましてから、あなたには大変辛い思いをさ
せてばかりでした。
私は何とか、あなたとの暮らしを守りたい、その一心で機
を織りました。
でもやはり私には、二人の暮らしを支える力はなかったの
ですね。
何とかあなたのお役に立ちたいと思ったのだけれど、却っ
てあなたに心配をかけてしまいましたね。
どうぞお許し下さい。
あなたは私の体を気遣って、自分の身を犠牲にしても私を
守る思いを示して下さいました。
嬉しかった反面、私はとても悲しかった。
私のために苦労をして、痩せ衰えていくあなたを見るのは、
私にとって耐え難い苦しみなのです。自分が死ぬより辛い
ことなのです。
この気持ちは、あなたにもきっと解って頂けるでしょう。
あなたにもきっと、私と同じ思いがある筈だから。
私がいれば、あなたは生きていけない。
所詮、人間のあなたと鶴の私が一緒になるのは、叶わぬ願
いだったのですね。
私たちは初めから、出会わぬ方がよかったのでしょうか?
いいえ、そうは思いません。
私はあなたに出会えてよかった。
ほんの短い間だったけれど、あなたと暮らす日々は幸せだ
った。
貧しかったけれど、本当に幸せだった。
だからいつも、こんな考えが頭に浮かんでいたのです。
このままあなたと二人、この世界ごと消えてなくなってし
まえばいいのに。
痛みも悲しみも、自分が消えたことさえも気づく間もなく、
一瞬で跡形もなく。
それも叶わぬ夢でした。
これから私は、あなたとの思い出を一生胸に抱きしめて、
生きて参ります。
あなたもどうか、いつまでもお元気でいて下さい。
さようなら、あなた。
生きて下さい、あなた。」
(八)
与平は手紙を読み終えた後も、死人のように真っ白な顔を
して、呆然とその場に立ち尽くしていた。胸が苦しくて息
が出来なかった。
知らず知らずのうちにこぼれ出た涙が、手紙の上を伝って
足元にぽたりぽたりと滑り落ちた。悲しみが無数の棘とな
って、苦しい胸に突き刺さった。
与平は呼吸が出来なくなって、たまらず表に飛び出した。
表はまだ暗かった。与平は空を見上げて、そこにおつうの
姿を探した。色のない夜が、少しずつ明けようとしている。
漆黒の闇は、次第に青味がかった濃紺へ、それからだんだ
ん赤味を帯びて紫、やがて紅へ‥‥
空は山の稜線辺りから明るみを増しながら、絶え間なくそ
の色を変えていく。与平はそれを寒さも忘れて、息を呑ん
で見守っていた。これほど美しい空を、未だかつて見たこ
とがなかった。
「おつう‥‥」
与平は声にならない声を、心の中で呟いた。
すると、悲しみの棘で傷ついた胸の内に、次第に違う何か
が流れ込んで来て、一杯に埋め尽くされていくのを感じた。
与平の顔に少しずつ、生気が甦って来た。
「おつう‥‥」
与平はもう一度、今度は声に出してその名を呼んだ。
空の色はあたかも与平に、生きよと語りかけているようだ
った。
(終)
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