(五)

その夜、与平は床に就いたが、なかなか寝つけなかった。
奥の部屋から聞こえて来る、とんとんとんという機織り機
の音が、こころなしか今までより弱々しく響いて来るよう
に思えた。
(やっぱりやらせるんじゃなかった‥‥おつうは大丈夫だ
ろうか?)
与平はとうとう我慢出来なくなって、奥の部屋に忍び寄る
と、おつうとの約束を破って、そっと襖を開けて中を覗い
た。すると、機を織っていたのはおつうではなく鶴だった。
鶴は自分の翼から羽を抜き取っては、糸の間に織り込んで
いた。こうしてあの美しい布が出来ていたのだ。

「おつう‥‥」
与平は驚いて、思わず声が漏れた。すると鶴はびくっとし
て、慌てておつうの姿になった。
「おつう、お前は‥‥鶴だったのか。」
「覗かないでと約束したのに‥‥」
おつうは与平を見て、悲しい顔をした。
「すまない‥‥でも、どうして‥‥」
「お忘れでしょうか?私は以前、あなたに助けて頂いた鶴
です。」
そう言われて、与平はすぐに思い出した。
「ああ、あの時の。」
「あれから私は、あなたのことが忘れられなくなりました。
寝ても覚めても頭に浮かぶのは、あなたのことばかり‥‥
胸が苦しくて、せめてもう一度だけでも、あなたに会いた
い‥‥そう思って、いても立ってもいられなくて、人間の
姿になってここに来たのです。お会いしてみると、やはり
あなたは思った通りの、心の優しい方でした。それで私は、
ずっとあなたの傍にいたいと思うようになったのです。」
「そうだったのか‥‥」
「私が鶴だと知って、さぞ驚かれたでしょう?もう私がお
嫌になったでしょう?」
おつうは与平の顔を見ることが出来ず、うつ向いて震える
声を絞り出した。
「そんなことはない。たとえお前が鶴でも構わない。でも、
もう機は織らないでくれ。お前は日に日にやつれていくじ
ゃないか。とても見ていられない。そのうちに死んでしま
うよ。」
「でも‥‥私が機を織らなかったら、どうして暮らしてい
くのです?」
「なに、今まで通り藁細工を売ればいい。何とかなるさ。
それでも駄目だったら‥‥その時はその時だ。とにかくも
う機を織るのは止めておくれ。お願いだから。」

おつうは何も答えず、下を向いていつまでも泣いていた。


(六)

それから二人はまた元の、藁細工を作って売る暮らしに戻
ったが、やはりそれだけでは、満足に稼ぐことは出来ず、
与平もおつうの後を追うように、日に日にやつれていった。
毎晩、二人は言葉もなく、並んで床に就いた。この先、二
人を待ち受けている運命を思うと、心は沈むばかりだった。
重く冷たい空気が凍りついたように、家の外はしんと静ま
り返っていた。

そんなある日の明け方近く、与平は何故か突然目を覚まし
た。部屋の中はまだ真っ暗だった。
「おつう‥‥」
何か嫌な予感がして、隣に寝ている筈のおつうの名を呼ん
だが、返事はなかった。慌てて飛び起きて、囲炉裏に火を
入れ、部屋の中を見渡してみたが、おつうの姿はどこにも
なかった。よく見ると枕元に、手紙が置いてあった。
「おつう‥‥」
鼓動が急に激しく打ち出し始めた。胸の中で、嫌な予感が
大きく膨らんでいった。
与平は震える手で手紙を拾い上げ、目を通し始めた。






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