「金木犀(キンモクセイ)」
(1)
色の白い、物静かな姉だった。金木犀の花が好きだった。
幼い頃、小春は三つ上の小夜子を慕って、いつもその後ろ
をついて歩いた。優しい姉は、そんな無邪気な妹を可愛く
思い、よく面倒をみてくれた。
「金木犀の匂いがする。」
秋になると小夜子は時々そう言って、匂いを頼りに木を探
した。小春にはわからぬような微かな匂いにも小夜子は気
づいた。そうして姉の後をついて行くと、必ず金木犀の木
に辿り着けるのだった。小春にはそれが、何か特別な魔法
のように思えた。
「嗅いでごらん。」
小夜子にそう言われ、花に顔を近づけると、心地の良い甘
い香りがした。
「お姉ちゃんみたいだ。」
小春はその匂いが、姉に似ていると思った。
小夜子は十歳の年の冬に、高熱を出して十日ほど寝込むと、
そのまま眠るように息を引き取った。
小春は三日三晩、火がついたように泣き暮れ、その後も突
然、何の前触れもなくしくしく泣き出した。元来の明るさ
は影を潜め、まるで姉の一部が取り憑いたように大人しい
子供になった。
小夜子が死んだ翌年の秋彼岸に、小春は母に連れられ墓参
りに行った。小夜子の墓は、家から離れた人家の少ないの
どかな場所にあった。その帰り、道端には真っ赤な彼岸花
や淡い紅色の秋桜が咲いていて、小春は久し振りに明るい
気持ちになった。その辺りはちょっとした里山のような景
観で、畑や雑木林が点在し、小さな川が流れていた。空は
真っ青に晴れ渡り、柿の木には実がなっていた。
一匹の秋茜が何処からともなく飛んで来て、小春の目の前
を横切った。
「待ってえ。」
小春は嬉しくて我慢出来なくなって、母の手を振りほどい
てその後を追いかけ走り出した。
「遠くへ行っては駄目よ。」
母の言う声にも構わず、小春は夢中でとんぼを追いかけた。
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