第一章 秘密の場所

(1)


海もない、山もない、しかし緑豊かな町で、優子と秀子は
生まれた。アザミやタンポポ、ハルジオンが野原一面に咲
き競う頃だった。

病弱だが機知に富み、暗い世相を斜めに見ては、皮肉で笑
い飛ばす才を持った小説家の父・守。物静かだが楽観的で、
駆け落ち同然に結ばれた夫を、内助の功で支える母・里子。
夫婦の暮らしは決して楽ではなかったが、双子の姉妹が産
声を上げた時、それはもう大変な喜びようで、父の守は嬉
しさのあまり、そこが二階であるのも忘れて、病室の窓か
ら飛び降りてしまったほどだ。幸い下にあった池が受け止
めてくれて、ずぶ濡れになった以外の事無きを得たが。

姿かたちは瓜二つだが、気性の異なる双子だった。妹の秀
子はよく泣いたが、姉の優子はめったに泣かなかった。秀
子はよく動き回ったが、優子は大概じっとしていた。

二人が三歳頃のことである。
優子がおもちゃで遊んでいると、横から秀子がそれを奪い
取った。優子は訳も解らずしばらくぽかんとしていたが、
やがて別のおもちゃで遊び始めた。すると秀子は、今度は
そのおもちゃが欲しくなって、再び優子からそれを奪い取
った。
見兼ねた里子がそのおもちゃを取り上げ、優子に返してや
ると、秀子は火がついたように泣き出した。里子がどんな
になだめすかしても、他のおもちゃを与えても、秀子は泣
き止まなかった。
すると優子が、とことこと秀子に歩み寄って、自分のおも
ちゃを差し出した。秀子はそれを受け取ると、途端に泣き
止んでしまった。
その一部始終を見ていた守は、眉間に皺を寄せてため息を
ついた。
「やれやれ、困ったものだ。どうして秀子はこうもわがま
まなんだろう。優子は優子で頼りないし‥‥これでは先が
思いやられるな。」
その横で里子は、事も無げに笑っている。
「心配いりませんよ。どちらも立派な個性です。親が余計
な世話を焼かなくたって、子供はちゃんと育つものです。
ほら、案ずるより海は広しって言うじゃないですか?」
「それを言うなら、案ずるより産むが易しだろう。」
守はまたもや大きなため息をついた。

幼稚園から小学校へ上がる頃には、二人の個性は更に際立
って違いが見え始めて来た。
運動神経には明らかな差があった。駆けっこをしても、腕
相撲をしても、ボールで遊んでも、いつも秀子の方が勝っ
た。トランプやかるたをやっても、優子は秀子に敵わなか
った。
このようにはっきりした優劣が現れたのは、二人の性格の
違いにも一因があった。妹の秀子は人一倍負けず嫌いだが、
姉の優子はのんびりしていて、勝負事には全く興味がない
様子だった。
何をやっても簡単に勝ってしまうので、秀子は少々張り合
いがなかった。
「優ちゃん、もっと真剣にやりなよ。いつも負けてばかり
で悔しくないの?一番になりたくないの?」
「私、一番じゃなくていいもん。二番でいいもん。二番が
いいもん。」
そんな優子の態度を見ていると、何だか上から見下ろされ
ているみたいで、秀子はあまりいい気持ちがしなかった。






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