(2)


どうやらそこは、店の従業員の通用口らしく、ドアをくぐ
るとすぐに、個室の並ぶ薄暗い通路に出た。
女はサトルの手を引いて、近くの個室の中へ入って行った。

「そこに座って。」
カーテンを閉めると、女はベッドを指さして言った。
その若い女は、色黒で背が高く、茶髪を後ろで束ねていて、
何処となく気の強そうな印象を受けた。

サトルがベッドに腰掛けると、彼女もその横に、並んで座
った。
「さっきカウンターから、ミユを指名する声が聞こえたの
よ。それで、もしかしたらと思って階段を覗いたら、やっ
ぱりあんただったから、声を掛けたってわけ。」
そう言いながら彼女は、ちらりと横目でサトルを見て、す
ぐに目をそらした。

「あんたの事、ミユがよく話してたわ。」
「辞めたんだってね、彼女。」
「ええ‥‥いえ、そうじゃないのよ。」
「でもさっき、店の人がそう言ってたよ。」
「ええ、そうだけど‥‥違うのよ。」
女は、酷く戸惑い気味で、話を切り出しにくそうな様子だ
った。
サトルは、だんだん苛立ってきて、声を荒げて言った。
「一体どういう事だい?さっぱり解らないよ。」
すると女は、絞り出すような声で答えた。
「‥‥あの子‥‥死んだのよ‥‥」

サトルは一瞬、自分の耳を疑って、頭の中が真っ白になっ
た。
みるみる顔が、青ざめていくのが解った。
それからようやく、聞こえるか聞こえないかの、か細い声
を絞り出した。

「‥‥し‥‥死んだ‥‥?」

「ええ‥‥元々体が弱かったんだけど、突然、肺炎にかか
って‥‥」
彼女はもう、サトルの顔を見る事も出来ず、うつ向いて、
時々、体を震わせながら、途切れ途切れに話し続けた。

「あの子ね、お父さんと二人で暮らしてたの。お母さんは
ずっと前、彼女がまだ小さかった頃に、家を出て行ったら
しいわ。それからずっと、お父さんと一緒に‥‥
で、その親父っていうのが、とんでもない奴でね。
仕事もろくにしないでずっと家にいて、あの子に暴力を振
るってたみたいで、時々、顔や手や足にあざを作ってたわ。
それで彼女、ろくに学校にも通えないで、色んな仕事を転
々とするうちに、この仕事に流れ着いたらしいの。」

サトルはただじっと、床の一点を見つめたまま、女の話を
聞いていた。





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