(3)


声にならない絶叫と共に振り上げられた男のナイフは、大
きく弧を描き、恐ろしいスピードで女の背骨に襲いかかっ
た。
衣服が引き裂かれ、男の体は勢い余って女の上にのしかか
り、二人重なる様にして、前のめりに倒れ込んだ。
一瞬あがった女の悲鳴は、すぐに重たい呻き声に、呑まれ
る様に変わった。
彼女は反射的に首を捻って、下から男の顔を見上げようと
したが、その横っ面を鷲掴みにされ、目を塞がれて、容赦
なく地面に顔を押し付けられた。

男はそのまま上体を起こして、女の上に馬乗りになって、
背中からナイフを引き抜くと、同じ辺りを二度三度と繰り
返し刺した。
その度に男の手の下から、ぎいぎいという女の悲痛な、低
い唸り声が洩れ出た。
ナイフは執拗に、何度も何度も女の背中に振り下ろされ、
二人の体は見る見るうちに血で真っ赤に染まっていった。

この地獄の光景を目の当たりにして、辺りは一瞬にして騒
然となった。
悲鳴を上げながら逃げ惑う人、何やら大声で怒鳴る人、そ
の場に座り込んで泣きわめく人‥‥

その間にも男の下で、女はじたばたと手足を激しく動かし
て、虚しい抵抗をしていたが、やがてぴくりとも動かなく
なり、刺されるがままになってしまった。
すると男もようやく動きを止め、はあはあと荒く息を弾ま
せた。
そして少し呼吸が整って来ると、まるで操り人形の様に、
おもむろにゆっくりと立ち上がった。
全身に返り血を浴びて、仮面の様に蒼白な顔には、何の感
情も浮かんでおらず、目の輝きは完全に失われていた。

やがて、遠くにサイレンの音が聞こえてきた。
男は相変わらず、女のすぐそばに立ったまま、少しも動く
様子を見せずにいた。
左手にはまだナイフを、しっかりと握りしめている。

彼の目に人だかりをかき分けて、何か大声で叫びながらこ
ちらへ走って来る、二三人の警官の姿が映った。
すると彼は表情ひとつ変えず、ゆっくりとナイフ持ち上げ
自分の首筋にあてがった。

駆け寄ってきた警官の一人が、あと一歩で男を取り押さえ
ようとした、その寸前に、男の左手に力が込められ、一気
に首を掻き切った。
鮮血がほどばしり、周りの群衆から一際大きな悲鳴が上が
った。
警官の手をすり抜ける様に、男はその場に倒れた。

その時、彼の上着のポケットから、一冊の小さなノートが
飛び出し、地面に転がり落ちた。



前へ          戻る          次へ