第二章 出会い

(1)


冬、夕暮れ。
繁華街からやや外れた裏通りにある、薄汚れた古い小さな
雑居ビルの前で、サトルは足を止めた。

北風の吹きすさぶ中、よれよれの灰色のコートのポケット
に両手を突っ込み、髪はボサボサで、頬は痩せこけ無表情
で、その容貌からは26歳という年齢が、とても想像出来
ない程疲れ切って見えた。
おもむろに彼は、その古いビルの入り口の、小さな階段を
降りて行った。

暗く狭い急な階段を降り切ると、正面に扉があり、「A」
という店の名が書かれた、小さな素っ気ない看板が掛かっ
ている。
サトルはゆっくりとその扉を開けた。

中に入ると、いきなり流行りの音楽が、大音量で耳に飛び
込んで来た。
すぐ目の前に小さなカウンターがあって、そこに店の店員
らしき若い男が立っていて、背後の壁には若い女の子の顔
写真が、何枚か並んで貼られている。
「いらっしゃいませ!」
店員が笑顔を作ってサトルに言った。
「当店は初めてですか?」
「ええ。」
サトルが無愛想に答えると、店員は入会金がかかる事や、
コース(時間)によって料金が違う事、女の子の指名料は
別途かかる事、その他様々な注意事項を淡々と説明し始め
た。
サトルは黙ってそれを聞いてから、コースを選び、指名は
しない事にして金を払うと、番号札を渡され、隣の狭い待
合室に通された。

そこは薄暗く、七八脚の椅子が置かれていて、先客が二人
座って雑誌を読んでいた。いずれも中年の、サラリーマン
風の男だった。
サトルは二人とやや離れて座り、目の前の壁を睨みつけた
まま、じっと順番を待った。
騒がしい音楽が流れる中、三人はそれぞれ無言で時を潰し
た。まるでそこには自分以外、誰も存在しないかの様に。

五分程すると、先客の一人が店員に呼ばれて、部屋から出
て行った。
さらに二三分後、もう一人の客も呼ばれ、それと前後して
新しい、若い客が部屋に入って来た。
それから程なくして、サトルの順番が来た。
番号札を返し、店員に案内され細長い廊下を通って、一番
奥の扉の前まで来た。

「ごゆっくりどうぞ。」
店員が扉を開けると、暗がりの中に白いワンピース姿の、
若い女が立っていた。
サトルは表情ひとつ変えず、その女の顔を眺めた。
「こんにちは。」
女は小さな声で挨拶をすると、サトルの手を取り、暗がり
の先へと進んで行った。
よく見ると、その細い通路の両側には、入り口をカーテン
で仕切った小さな個室が、いくつも並んでいる。
女はその中のひとつの部屋の前で足を止め、カーテンを開
けて、サトルを中へ促した。
「どうぞ。」
サトルは言われるままに、部屋の中へ入って行った。





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