(2)


見たところ、部屋の中は清潔そうではあったが、とても狭
かった。
片側の壁沿いにベッドと、向かい側に背の低いテーブルと
タオルを収めた小さい棚があるだけで、その間には人ひと
り歩くのがやっとのスペースしかなかった。
照明は薄暗く、部屋の外からあの賑やかな音楽が、微かに
聞こえていた。

女はサトルのコートを脱がせると、ベッドに座る様に彼に
告げ、コートを壁のハンガーに掛けた。
それから自分もサトルの横に腰掛け、しばらくの間沈黙が
続いた。
女は長い黒髪で、肌は白く、体は細かった。

「ここは初めて?」
沈黙を破って女が話しかけて来た。
「ああ。」
「お仕事は?」
「ああ、いや‥‥今はしてないんだ。」
「そう‥‥」
またしても二人は黙り込んだ。

不意に女が立ち上がり、無言のままサトルの服を脱がせよ
うとした。
「いいよ、自分で脱ぐから。」
「そう‥‥」
二人は淡々と服を脱ぎ始めた。
(随分無愛想な、暗い子だな。)
サトルは早くも、ここへ来た事を後悔し始めていた。

三十分後、二人は事を済ませ、シャワーを浴びた後、ベッ
ドの上に並んで寝転がっていた。相変わらず言葉を交わさ
ぬままだった。
サトルはだんだん、この重苦しい沈黙に苛立ちを覚え始め、
堪らず口を開いた。
「随分おとなしいんだね。」
「‥‥私、人見知りするから‥‥」
やや間をおいて、女はそう答えた。
「ここでの仕事は、もう長いの?」
「そう‥‥半年ぐらい。」
「学生?」
「いえ‥‥違います。」
こんな他愛ない会話を交わしながらも、サトルの心は浮き
立たず、余計に沈み込むばかりだった。

突然、アラームの音が鳴り響き、女が手を伸ばして、テー
ブルの上の時計のスイッチを切った。
「時間だわ。」
二人はベッドから起き上がり、脱いだ時と同じ様に淡々と
服を着た。
身支度が整うと、女がテーブルの上の小さな箱から、一枚
の紙切れを取り出し、サトルに手渡した。
それは彼女の名刺で、「ミユ」という名が記されていた。

二人は立ち上がり、向き合い、お互い微かに笑みを浮かべ
合った。
「また来て下さいね。」
「ああ‥‥」
女にコートを着せてもらうと、サトルはそのポケットに名
刺を突っ込み、彼女に促されて部屋を出た。
それから暗がりの通路を進み、扉の前で女と別れ、廊下を
抜けて店の入り口まで戻って来た。
「ありがとうございました!」
カウンターの店員に見送られて、サトルは店を出た。

地上へ向かう薄暗い階段を見上げながら、サトルの心は、
ここを降りて来た時と寸分変わらず、暗く沈みきっていた。
(来るんじゃなかったな‥‥)
彼は、女の痩せた体を抱いている時の、惨めな気分を思い
出していた。
(それにしても、あんなに暗い子が、こんな店で働いてい
るとはな‥‥)
彼は自分の運の悪さが、ふと可笑しくなって、笑いながら
ゆっくりと階段を上り始めた。
そうして地上に辿り着いた辺りで、何故かこんな考えが頭
をよぎった。
(でも、目は綺麗だったな‥‥)





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