第六章 青い月V

(1)


暗闇の中で悪夢に苛まれる、過酷な一夜を過ごした男は、
夜が明け、穴の上から再び射し込んで来た陽の光に誘われ
て目を覚まし、ようやく正気を取り戻した。

この時、彼の精神はすっかり憔悴しきって、今まで彼を苛
んできた怒り、悲しみ、恐怖などの、あらゆる感情を抱く
気力を失くしていた。
彼は飢えて渇いていたし、痛みも相変わらず消えていなか
ったが、もうそれらを認識する力さえ、殆ど残っていなか
った。

こうしてあらゆる感情、感覚が失われた後にやって来たも
の、それは諦めだった。

(俺はもう助からない。ここで死ぬんだ‥‥)

彼は何気なく、頭上から射し込む光に目を向けた。

(おや、青い月だ。)

その美しさにしばしの間見とれていたが、すぐにそれが月
ではないという事を思い出した。

(そうか、今はもう夜ではなかったんだな‥‥)

彼は何の感慨もなく、心の中でそう呟いた。
それから後は何も見るものもなく、聞こえるものもなく、
考える事もなく、ただ漫然と時が流れていった。

そのうちに、彼の心は自然に回想へと向かい始めた。

彼は遠い記憶を辿って、今まで自分が歩んで来た人生を事
細かく思い返し始め、深い追憶の中へと沈み込んでいき、
その中でも最も古い思い出を探り、幼かった少年時代へと
立ち戻っていった。






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