(2)


その後、二人はレストランで夕食を共にした。
相変わらず会話は少なく、二人とも自分の過去については
語ろうとせず、また訊ねようともしなかった。
それを聞いたところで何の意味もない、お互いの過去など
知らなくても、今の自分たちは十分気持ちが通じ合ってい
る、と感じていた。

「愛なんて幻よ。子供がぬいぐるみで遊んでいる様なもの
だわ。いつかは飽きるもの、人の心は変わるものよ。」
何気なくユキが口にしたこの言葉だけが、唯一彼女の過去
の記憶をうかがわせるものだった。

夕食を済ませてレストランを出ると、そのまま二人は、も
うすっかり暗くなった通りを駅へと向かった。
尾津はタクシーで送ると言ったのだが、ユキが電車でいい
と言い張ったのだった。

(どうしてこの子と一緒にいると、こんなに落ち着くんだ
ろう? 一体この子の何が、こんなに俺を引きつけるんだ
ろう?)
ユキと並んで歩きながら、尾津の頭に再びこんな疑問が浮
かんで来た。
すると、彼のそんな胸の内を察知したかの様に、ユキがぽ
つりと呟いた。
「あなたはいつも、悲しそうな目をしているわ。」

それを聞いた途端尾津は、何故だか急に胸が詰まって、切
なく苦しい感覚に襲われた。
そして思わず、彼女にこう問いかけた。
「もしも俺が‥‥いや、俺じゃなくても誰かが、一緒に死
んでくれって言ったら、どうする?」

「一緒に死ぬわ。」
ユキは少しも戸惑ったり、考え込んだりする間を作らずに
そう答えた。

尾津は、冗談でも聞かされた様に笑いながら言った。
「本当に?」
「ええ。どうして?」

どうしてそんな判り切った事を聞くの? とでも言いたげ
な、彼女の無防備なその表情に、尾津はすっかり驚かされ
てしまった。
その時彼は、どうして彼女にこれほど引きつけられるのか、
やっと判った様な気がした。
そしてもうそれ以上、この話を続けようとはしなかった。

駅に着くと二人は、それぞれ逆方向へ向かう電車に乗るた
め、改札口を入ったところで別れた。
ホームへ続く階段を降りていく彼女の後ろ姿を見送りなが
ら、尾津の頭に一瞬、こんな言葉がよぎって消えた。

(この子となら‥‥)

彼はもう一度、その考えを思い返そうとして、自分に問い
かけてみた。
(この子となら? この子となら何だというんだ? 一緒
に生きられるのか? それとも死ねるのか?)

だがその答えは闇の中に消えて、はっきりとは見えなかっ
た。






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