(3)


中学生になった彼は、死への不安に悩まされながらも、表
向きは平凡な生活を送っていた。

一時期、それまで溜め込んで来た閉塞感への反発から、明
るい性格を装い、ほんの一瞬クラスでも目立つ存在になっ
た事もあったが、それも長続きはせず、一年もするとまた
元の暗い性格へと戻っていった。

気の弱い性格も依然として変わらず、ある時、彼は欲しか
った腕時計を買おうと、数か月かけて貯めた金を持って街
へ出かけて行った。
駅前を通りかかると、そこでは何かの団体が募金活動をし
ていて、道行く人たちに募金を呼び掛けていた。

その前を横切ろうとした時、一瞬彼はその中の一人と目が
合った。

彼はすぐに目を逸らしたが、相手がなおも責め立てる様な
視線で、じっとこちらを見つめているのを感じた。
彼はその視線の恐ろしさに耐え切れなくなり、足を止めて、
募金箱に金を入れた。
すると相手はにこりと笑い、彼に礼を言って頭を下げた。
責め立てる様な目は、いつの間にか柔和な、親しみのこも
った目に変わっていた。

結局それで、時計を買う金が足りなくなってしまったので、
彼は仕方なくとぼとぼと、今来た道を引き返して行った。

また別のある時、彼はその時足をくじいていて、その足を
かばって歩きながら電車に乗り込み、空いた座席に座って
いた。
次の駅で一人の老人が乗って来て、彼の目の前の吊革につ
かまった。周りに空席は殆ど見当たらなかった。

彼は一瞬、その老人と目が合った。

すぐに下を向いて目を逸らしたが、またしても彼を責め立
てる老人の視線が、頭上から突き刺さって来るのを感じた。
彼はまたしても、逃れようのない恐ろしさに襲われた。
まるで、罪を犯して捕らえられた囚人になった様な気分だ
った。
堪らず彼は立ち上がり、老人に席を譲って、次の駅に着く
と、痛い足を気づかれぬ様にわずかに引きずりながら電車
を降りて行き、そのままホームで後続の電車を待った。

この様に彼は日常的に、現実世界からの攻撃に悩まされ、
びくびく怯えながら日々をやり過ごしていた。
そのため、彼の心の中では、行き場のない不満や怒りが溜
まりに溜まり続けていた。

そしてある日、その出来事は起きた。






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