(2)


幸福は、潮の満ち引きに似ている。
ひと時、夢の様に満ち溢れても、いつかその夢は醒め、少
しずつ引いてゆく時がやって来る。

それはほんの些細なすれ違い、思いの僅かな喰い違いから
始まった。
二人はずっと一緒に過ごすうちに、何もかも自分と同じだ
と思い込んでいた相手の、ちょっとした仕草や言葉の中か
ら、ほんの少しだけ自分とは違う匂いを嗅ぎつける様にな
り出していた。

それは、よほど注意深くなければ気づかないくらいの小さ
な違いだったが、二人がそれまで抱いていた一体感、信頼
感、幸福感があまりにも強かったため、ごく小さな違和も、
その何十倍にも思えるほどに気になるのだった。

そうした違和は日に日に増え続け、大きくなっていった。

すると二人は、今までの信頼が裏切られた様な気がして来
て、相手に失望を感じ始めた。
お互い、この世にたった一人だけの存在と思い合っていた
だけに、その失望感は計り知れないものだった。

二人の愛は、坂道を転げ落ちる様に加速度を上げて落ちて
いった。

失望はやがて、嫌悪へと変わった。
笑顔は溜め息へと変わり、溜め息は皮肉な言葉へと姿を変
えた。
二人は顔を合わす度に、冷たい言葉を浴びせ掛け合い、い
さかいが絶えなくなっていった。

お互い、自分の言葉や態度が、相手を酷く傷つけていると
判っていたし、そんな自分に怒りを覚えてもいたが、どう
する事も出来なかった。

転げ落ち始めた愛は、もう元の高みに返る事はなく、地の
底に消えてゆく運命だったのだ。

(所詮愛なんて、ただの幻想に過ぎないのか?)

男は、悲しみに沈んだ心でそう呟いた。






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