(3)


その日、二人は街を歩きながら、またいつもの冷たい言葉
の応酬を始めたが、この時はいつにも増してむきになって
激しくやり合い、その果てにうんざりして口をつぐみ、そ
のまま黙り込んでしまった。
重たい空気を抱えながら、二人は無言で歩き続けた。

そのうちに空から、ぽつりぽつりと雨が落ちて来て、次第
に雨足は強まり、あっという間に土砂降りになった。
二人とも傘を持っていなかったので、そのままずぶ濡れに
なって歩き続けた。

その時、男の心の中の何かが、堪えきれなくなって弾けた
様な気がした。

突然、彼は女の腕を掴んで、足を早めてずんずん歩き出し
た。
女はその手を振り払おうとしたが、男はそれを許さず、強
引に引っ張りながら、大股でどんどん歩き続けた。
そして二人は大通りから裏道へ入り、そこにあった古い小
さなラブホテルへと入って行った。

部屋に入ると二人は、濡れた服を脱ぎ、ベッドの中に潜り
込んで、そのまましばらく口も聞かずにじっとしていた。

男はもう一度、彼女と心を通い合わせたい、彼女の愛を取
り戻したいと強く願っていた。
彼は、わらにもすがりつく思いで彼女の手を引き、ここま
で辿り着いたのだった。

(これが最後のチャンスだ。)

男は不意に女に抱きつき、むさぼる様にその体を求めた。
女は一瞬、それを跳ね除けようとしたが、すぐに彼のただ
ならぬ様子を察して、自分もそれに応じた。
二人は必死に、見つからない何かを探す様に、激しくお互
いを求め合った。

だが結局それも、無駄なあがきに過ぎなかった。

満たされたのは情欲だけで、それが醒めるとまた元の、冷
やかな沈黙が戻って来て、探していた何かは見つからず、
かつての愛の情熱を取り戻す事は出来なかった。

女に背を向け、寝たふりをしながら、男は打ちひしがれ、
疲れ切って放心していた。

(もう、終わりにしよう‥‥)

長い夜の静寂の中で、彼は今日限りで彼女と決別する事を
心に決めた。






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