(2)


(今、俺の心の中にいる彼女は現実ではなく、俺の心が創
り出した幻想かもしれない。だがそれが何だというんだ?
今の俺にとっては幻想の彼女こそが、彼女そのものではな
いか?
この期に及んで、今まで現実に起きた事と、夢の中だけで
起きた事との間に、一体どれだけの違いがあるというのだ
?)

体の衰弱とは裏腹に、彼の心はある高みへと、徐々に上り
つつあった。
彼はこの思索に没頭し、突き詰めていく事が、彼の眼前に
立ちはだかっている、死という不可解な恐ろしい敵と戦う、
ただ一つの手段であると信じていた。

死とは何か?
彼はその生の最後の瞬間に、この究極の問題に立ち向かお
うとしていた。

(今の俺の様に、人は死に瀕すると、現実と幻想の境界線
を失い、その違いが無意味なものとなる。つまり、今まで
積み重ねて来た人生も、今ふと心に思い描いた妄想も、そ
の重みに於いては差がなくなるのだ。
どのように生きて来ようと、行きつく先は同じだ。死が全
てを奪い去る。人は死によって、皆同じ姿に返る。人生の
明と暗、貧と富、強と弱、美と醜、善と悪、そうしたあり
とあらゆる分け隔てが取り払われ、この世で身にまとった
全ての衣を脱ぎ捨て、皆ただ一つのものとして立ち去って
いくのだ。ああ、そうか! そうだったのか!)

突如彼の目の前が、一気に何十倍にも、何百倍にも広がっ
たのを感じた。

(死は唯一、全ての人間を平等にするものなのだ!)

この考えに到達した時、彼の心にはもう、迷いや不安はな
かった。
死はもう彼にとって、恐ろしい敵ではなくなっていた。

だがまだ、不可解ではあった。
いつ、何処から、どの様にして、それはやって来るのだろ
う?

彼はもう考えるのをやめて、静かにそれを待った。






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