第十一章 にせものY



夜の都会を見渡すホテルの窓辺、そこに尾津が立って、外
の景色を眺めている。

「何を見ているの?」
彼の背後のベッドの上から、女が声を掛けた。

「別に何も。」
尾津は振り向きもせずにそう答えた。

ユキの死後も、彼は相変わらずコールガールと情事を繰り
返す、自堕落な生活を送っていた。
窓辺に立つ彼の傍らにはもう、ユキの姿はない。

(あの子はもう、この世界には存在しない‥‥)
そう思うと尾津は、激しい恥辱と、憎しみに近い自己嫌悪
に襲われた。

(俺は今も生きている。だが生きていながら生きる事も、
死ぬ事も出来なくなってしまった。)

彼はユキの死によって、自身の生死の選択の自由さえも奪
われてしまったのだと感じていた。
自分の居場所はもう、この世にもあの世にもないのだと思
った。
彼はただ、ユキに会いたくて堪らなかった。そして彼女に
許しを乞いたかった。

(あの子はもう、この世界には存在しない‥‥)
彼はもう一度、自分自身に言い聞かせる様に、心の中でそ
う呟いた。

(俺はこの先、何の希望も抱いてはならない。何の希望も
持たず、死にたい、死にたいと思いながら、いつまでも生
き続けねばならない。
死よりも過酷な生の道、それだけが、今の俺にたったひと
つ許された道なんだ。)

「ねえ‥‥」
不意に尾津は後ろを振り向いて、女に話しかけた。

「ねえ‥‥終身刑は死刑よりも、重い罰だと思わないか?」

「えっ?」
何の事やら判らぬという、きょとんとした顔の女を見て、
尾津は首を振って笑った。
「いや、いいんだ‥‥何でもない。」

彼は向き直り、ガラスに映った自分の姿をじっと見つめて、
それからゆっくりと窓の外の街へと目の焦点を移していっ
た。

天国の画像と地獄の画像を合成したみたいだ、いつかそう
思った窓の外の世界が、その時と少しも変わらず、何処ま
でも、何処までも、限りなく広がっていた。






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