(2)


尾津と女は窓際を離れて、ベッドの脇に並んで腰かけた。
チェックアウトまでは、まだ少し時間があったが、二人と
も口も聞かず、ただじっとそこに座っていた。
沈黙が気まずくなり始めた時、その空気を取り払う様に、
不意に女が尾津に話しかけた。

「ねえ、あなたの事、聞いてもいい?」
「ああ?」
「あなた、奥さんは?」
「いない。昔いたけど‥‥別れたんだ。」
「そう‥‥お仕事は?」
「物書き。」
「モノカキ?」
「作家だよ。小説を書いてるんだ。」
「へえ! 先生だったんだ。」
「そんな立派なもんじゃないよ。全然売れないし‥‥食っ
ていくのがやっとさ。」
「どんな小説?」
「どんなって‥‥まあ、ごくつまらないものだよ‥‥もう
やめようかと思ってるんだ。」
「あらどうして? もったいないわ。いつか売れるかもし
れないじゃない?」
「いや‥‥そもそも売れようって気がないんだ。わざと売
れない様に書いてるみたいなところがあるくらいで‥‥」

話しているうちに尾津は、だんだん言葉が自分の心から離
れていくのを感じていた。うまく言おうとすればするほど、
言葉はどんどん空回りしていく様だった。

「僕は人に喜んでもらうために書いてる訳じゃない。結果
的に喜んでもらえれば嬉しいけど、それが目的じゃないん
だ。」
「じゃあ、何のために書いてるの?」
「自己表現さ。自分の中の、ありのままの自分を表現する
ためだよ。」
「ふうん‥‥でも何のために、そんな事しなきゃいけない
の?」
「何のためって‥‥それは‥‥生きるためだよ。僕にとっ
て書く事は、生きる事と同じなんだ。」
「ふうん‥‥」

女は、いかにも半信半疑という風に、生返事を返した。
(嘘を見透かされたかな?)
尾津は気まずさを感じてそう思った。
嘘というのは、最後の言葉の事だった。書く事は生きる事
だという信念など、もうとうの昔に破れ去っていたからだ。
今の彼にはもう、創作の情熱は微塵もなく、ただ惰性で書
いているだけだった。

(肩書の持続、作家としての延命、そして自慰行為か‥‥)
尾津は心の中で自嘲して笑った。
少し間を開けてから、女は独り言の様にこう呟いた。

「でも‥‥人は何故生きるのかしら? みんないつか死ぬ
って、判っているのに‥‥」






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