第五章 にせものV

(1)


募金をする子供たちと別れた後、尾津とユキが休日の街を
ぶらぶらと散策していると、前方から何やら騒がしい音が
聞こえて来た。
見るとデモ隊の大群衆が、遠くの方からこちらへ向かって
近づいて来ていた。

一瞬、尾津の顔が曇ったのを見て取って、ユキは困った様
に微笑んで言った。
「脇道へ避ける?」
「いや、別に構わないよ。」
二人はそのまま歩いて行った。

デモ隊が近づくにつれ、彼らのシュプレヒコールも次第に
大きくなっていったが、何を叫んでいるのか、二人にはま
るきり聞き取れなかった。
尾津は先程までのめまいに加え、耳鳴りもし出した様な気
がした。

デモ隊の脇の狭い道を歩いていた、親子連れの小さい子供
が、シュプレヒコールのあまりの大きさに驚いて、泣き出
すのが見えた。

(大義のためには多少の犠牲も止むなし、という訳か。)
尾津が心の中でそう呟いて苦笑すると、その様子を見て心
配したユキが彼に訊ねた。
「大丈夫?」
「ああ‥‥最近やたら増えたと思わないか、こういうデモ
が。ネットワークの進化のせいだ。」

尾津は、めまいや耳鳴りの不快感を紛らそうと思い、勢い
づいてしゃべり出した。
「誰でも簡単に徒党を組んで、騒ぎを起こせる様になった
からね。」
「いけない事なの?」
「いや‥‥でも程度によるよ。みんながみんな、自分の権
利を無制限に主張し出したら、世の中は誰も謝らなくなっ
て、立ち行かなくなってしまうよ。君はどう思う?」
「さあ‥‥判らないわ。」
「人の権利というのは、それを行使するかしないかは自由
な筈だ。何も全ての権利を、何が何でも主張しなきゃいけ
ないって法はない。生きていくのに最低限必要な権利だけ
使えばいいのに‥‥
どうして人はいつも、必要以上のものを欲しがるんだろう
?」

戸惑った様子で聞いているユキの顔を見て、調子に乗って
しゃべり過ぎたかな、と尾津は後悔した。
その時ふと彼は、この前ホテルでユキが言った言葉を思い
出した。

「君の言う通りだ。」
「えっ?」
「この前、君が言った事だよ。いつか死ぬと判ってるのに、
人は何故生きるんだろう?」
「私、そんな事言ったかしら?」
「言ったよ。」

デモ隊はいよいよ目前に迫って来て、大音量のシュプレヒ
コールが二人の会話をかき消し、呑み込んでいった。
尾津のめまいと耳鳴りは、ますます激しくなった気がした。

「人は元々、騒ぎが好きなのさ。」
尾津は独り言の様に、笑いながらそう言った。






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